水をはじく生地のしくみ — 撥水加工とウォータープルーフの世界
レインコートや登山ジャケットの表面に水滴がころころと転がり落ちるとき、あの気持ちよさはどこからくるのでしょう。じつはそこには、目に見えないほど細かな科学が働いています。撥水加工とはどんなしくみなのか、どの素材に向いているのか、効果はいつまで続くのか。そして、雨を完全にシャットアウトしながら蒸れを逃がす「透湿防水」はどうやって実現しているのか。今回は、ファブリック好きなら知っておきたい撥水と防水の世界を、海外の資料をもとにわかりやすくご紹介します。
撥水加工(DWR)とはなにか
アウトドアウェアや雨具の生地に施される「撥水加工」は、英語で DWR(Durable Water Repellent) と呼ばれます。生地の表面繊維一本一本にごく薄い撥水剤をコーティングし、水分子を寄せつけにくくする処理です。繊維の間の空間は残したままコーティングするため、通気性を損なわずに水をはじくことができます。
「接触角」という考え方
撥水の効果は「接触角(contact angle)」という概念で説明できます。水滴が生地の表面に落ちたとき、その水滴がどれだけ丸くなるかを示す角度のことです。
“DWR works by increasing the ‘contact angle’ or ‘surface tension’ created when water touches a textile. Basically, a high angle of contact creates a microscopically ‘spiky’ surface that suspends water droplets on the outer fringe of the fabric. An optimized DWR keeps droplets in a rounder shape—like a dome-shaped bead. The rounder the droplet, the easier it rolls off the fabric.”
【日本語訳】DWRは、水が生地に触れたときの「接触角」や「表面張力」を高めることで機能します。接触角が大きいと、生地の表面が顕微鏡レベルで「とげとげ」した状態になり、水滴が繊維の外縁に浮いたような形になります。優れたDWRは水滴をドーム状に丸く保ち、丸ければ丸いほど水滴は転がり落ちやすくなります。
逆に接触角が小さいと、水滴はぺたんと広がって生地に貼りつき、やがて繊維に浸みこんでいきます。この状態を「ウェッティングアウト(wetting out)」と呼び、生地が水を含んで重くなるだけでなく、透湿性まで落ちてしまいます。
撥水剤の種類 — フッ素系とフッ素フリー
長年にわたり、撥水剤の主流は フッ素系化合物(PFAS / PFC) でした。炭素とフッ素の結合は非常に強力で、水だけでなく油や汚れもはじく優れた効果を持ちます。しかしPFASは環境中に長く残留する「永遠の化学物質(forever chemicals)」として問題視されるようになりました。
現在は環境負荷の低い フッ素フリーDWR への転換が業界全体で進んでいます。パラフィン(ろう)系、シリコン系、ウレタン系、バイオベースのアクリレートなどが代替技術として使われています。ただし、従来のフッ素系に比べると効果の持続性や油汚れへの耐性がやや劣るとされており、研究開発が続いています。
“PFAS-free DWR coatings are scientifically engineered to repel water efficiently while being environmentally friendly. Modern advancements have led to the development of more environmentally conscious alternatives that perform well in outdoor conditions. These new coatings use bio-based technologies that provide effective water resistance.”
【日本語訳】PFASフリーのDWRコーティングは、環境にやさしく、かつ効率的に水をはじくよう科学的に設計されています。現代の技術進歩により、アウトドア環境でも十分な性能を発揮する、より環境に配慮した代替品が開発されました。これらの新しいコーティングには、効果的な撥水性を提供するバイオベースの技術が使われています。
生地と撥水加工の相性
撥水加工はどんな生地にでも同じように効果が出るわけではありません。素材の種類や織り方によって、加工のしやすさや効果の出かたが変わります。
合成繊維(ポリエステル・ナイロン)
撥水加工との相性が最もよい素材です。もともと疎水性(水をはじく性質)が高く、DWR剤が均一に付着しやすいため、ビーディング効果が安定して長続きします。レインウェアやアウトドアギアの多くがポリエステルやナイロンを使うのはそのためです。
綿(コットン)
コットンは本来、親水性(水を吸う性質)が高い素材です。DWR加工は施せますが、繊維が水分を吸いやすい構造のため、効果の持続性が合成繊維より劣ります。ワックスコーティング(バブアーのオイルクロスなど)やパラフィン加工は、コットン向けの古くからある手法です。
ウール・シルク
かつては化学処理が難しいとされていましたが、フッ素系樹脂をメラミン樹脂の中間体と組み合わせる手法によって、ウールや絹にも効果的な撥水加工が施せるようになりました。
“Textile fabrics to be treated may include all kinds of textiles made of not only synthetic fiber such as polyester fiber but also natural fiber, particularly animal fibers such as wool and silk which have been heretofore considered extremely difficult or almost impossible of processing with chemicals.”
【日本語訳】処理対象となる繊維製品は、ポリエステルなどの合成繊維だけでなく、これまで化学処理が極めて困難または不可能とされてきたウールや絹のような天然の動物繊維を含む、あらゆる種類の繊維を対象とすることができます。
— USPTO Patent No. 4,814,206 — Process for treating textile fabrics with water repellent
織り方と密度の影響
同じ素材でも、織り密度が高いほど撥水効果は安定します。糸と糸の隙間が小さければ水分子が入り込みにくくなるためです。リップストップナイロンやタフタのような目の詰まった織物は、DWR加工との組み合わせで高い撥水性能を発揮します。
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撥水効果の持続性とメンテナンス
DWR加工は「durable(耐久性のある)」という名のとおり、ある程度の洗濯や摩耗に耐えるよう設計されています。しかし永久ではありません。使用頻度、汚れ、洗濯の回数によって効果は徐々に低下します。
DWRの評価基準
撥水性能は「スプレーテスト」で数値化されます。生地に水をスプレーし、表面に残った水の量を目視で評価して0〜100点のスコアをつけます。「80/20」という表記なら、20回洗濯後でもスコアが80を保っていることを意味します。
“Good: 80 points after 10 washes. This is a basic outerwear finish. Excellent: 80 points after 20 washes. Superior: 80 points after 50 to 100 washes.”
【日本語訳】良好:10回洗濯後に80点(基本的なアウターウェア仕上げ)。優秀:20回洗濯後に80点。優れた仕上げ:50〜100回洗濯後に80点。
効果が落ちたと感じたら
水が玉になって転がらず、生地に染み込むように見えたらDWRが弱まっているサインです。ただし、すぐに撥水剤を買い直す必要はありません。じつは汚れや皮脂がDWR効果を妨げていることも多く、まず洗濯するだけで改善することがあります。
洗濯後は、乾燥機で低〜中温で15〜20分ほど温めると、熱によってDWRの分子が再活性化されます。乾燥機が使えない場合は、当て布をしてから低温のアイロンを短時間あてる方法も有効です。(失敗すると生地を傷めてしまうのでアイロンの使用は自己責任で)
“How long a DWR treatment lasts depends mainly on garment use. If you use your garment several times each week for intense periods of activity, the DWR will not last as long as a jacket that is used only a few times per month. And DWR applied at the factory to a new garment typically lasts longer than reapplications.”
【日本語訳】DWR加工の持続期間は、主に使用頻度によります。週に何度も激しく使用すれば、月に数回しか使わないジャケットよりも早く効果が薄れます。また、工場出荷時に施されたDWRは、後から再加工したものより長持ちする傾向があります。
— GORE-TEX: Restore Durable Water Repellency of Your Raingear
撥水ケアのポイントまとめ
(1) まず洗濯する(専用洗剤か無添加洗剤を使う)
(2) 洗濯後は乾燥機で低温15〜20分 → DWRが熱で再活性化
(3) それでも撥水しなければスプレー式または洗い込み式の撥水剤を使用
(4) 目安は10〜20回の洗濯ごとに再処理を検討
(5) 洗濯は必ず撥水素材対応の洗剤で(界面活性剤入りの通常洗剤はDWRを劣化させる)
透湿防水生地のしくみ — GORE-TEXはなぜ蒸れないのか
撥水加工が「水をはじく」表面処理であるのに対し、透湿防水(Waterproof Breathable)生地は「雨を通さない、でも汗の蒸気は逃がす」という二つの性能を両立させた素材です。その代表格がGORE-TEXです。
ePTFEメンブレンという発明
1969年、ボブ・ゴア(Bob Gore)がPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)を急速に引き伸ばす実験をしたとき、偶然にも「ePTFE(expanded PTFE)」と呼ばれる多孔質素材ができあがりました。これがGORE-TEXメンブレンの正体です。
“The GORE-TEX membrane has roughly 1.3 million pores per square centimeter. The diameter of one pore is 20,000 times smaller than the diameter of a raindrop, but 770 times larger than one molecule of aqueous vapor. This keeps out moisture from rain, snow and other water sources, while still allowing sweat to vaporize and escape.”
【日本語訳】GORE-TEXメンブレンには1平方センチメートルあたり約130万個の細孔があります。1つの細孔の直径は雨粒の直径の2万分の1ですが、水蒸気分子の770倍の大きさです。これにより、雨や雪などの水分を弾きながら、汗の蒸気を外に逃がすことができます。
「穴あき」なのにどうして防水できるのか
不思議に感じるかもしれませんが、穴の大きさがすべてを決めます。雨粒(液体の水)はePTFEの細孔の2万倍も大きいため、どれだけ激しい雨でも通り抜けることができません。一方、汗の蒸気(水蒸気)は分子レベルの小ささなので、細孔を通り抜けて外に出られます。小さな水分子は通すが、大きな水滴は通さない——この絶妙なサイズ設計が「透湿防水」の核心です。
ePTFE以外のアプローチ — SympaTex
透湿防水を実現する方法はGORE-TEXだけではありません。ドイツのSympaTexは、細孔を持たない「モノリシック膜(均質膜)」で同じ機能を実現しています。
“SympaTex is quite different. Instead of having micropores, like GORE-TEX and eVent, it uses what’s called a copolymer, made of hydrophobic polyester and hydrophilic polyether. The polyester repels water from the outside; the polyether absorbs moisture from the inside and transports it out, away from your body.”
【日本語訳】SympaTex はGORE-TEXやeVentとは全く異なります。微細孔の代わりに「コポリマー」を使用しており、疎水性のポリエステルと親水性のポリエーテルで構成されています。ポリエステルが外からの雨水を弾き、ポリエーテルが内側の水分を吸収して外へ運び出します。
— Explain That Stuff: How does waterproof, breathable clothing work?
SympaTex はPTFEを使わず、PFC(フッ素化合物)フリーで100%リサイクル可能という環境面での強みもあります。また、湿度や体温が高くなるほど透湿性が上がる特徴もあり、運動量の多い場面でも快適さを保ちやすい素材です。
まとめ
撥水生地の世界は、表面の化学処理(DWR)から素材そのものの分子設計(透湿防水メンブレン)まで、じつに幅広い技術が重なり合っています。水玉が転がる様子はシンプルに見えますが、そこには繊維の密度、接触角の物理学、フッ素化合物の化学、そして環境への配慮という複数の要素が絡み合っています。
アウトドアブランド各社がフッ素フリーDWRへの移行を進めるなか、撥水技術は今まさに大きな転換期を迎えています。「環境にやさしく、それでいて高性能」という目標に向けて、テキスタイルサイエンスの進化はまだまだ続きそうです。
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