オセアニアの伝統布の種類と特徴

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持っているものを手放さず、新しい環境の中でつくり替えていくという手仕事の姿勢があります

タパの向こうにある布たち ― オセアニアの手仕事を巡る旅

太平洋に浮かぶ島々の布仕事といえば、まず思い浮かぶのはカジノキの樹皮を叩いて広げる「タパ」かもしれません。けれど、オセアニアの手仕事はそれだけにとどまりません。宣教師が伝えたパッチワークが島の色彩に染まったもの、命そのものを意味する編みバッグ、寒い新天地で生まれた植物繊維の織り、砂漠のコミュニティで花開いた蝋染め。どれも、限られた素材と長い時間の中で、人と人との結びつきを布に編み込んできた仕事です。今日は、タパの向こう側にあるオセアニアの布たちを訪ねてみたいと思います。


タパ ― 織らずに生まれる布

ポリネシアやフィジー、サモアなど太平洋諸島に広く見られるタパは、織物ではなく、カジノキ(学名:Broussonetia papyrifera)などの樹皮の内側を水に浸してから木槌で叩き、薄く延ばして乾燥させてつくる「樹皮布」です。表面には木版や手描きで幾何学的な伝統模様が施され、儀式や贈り物として大切に扱われてきました。

興味深いのは、このタパの文化が太平洋を渡った人々の移動の記憶そのものだという点です。ニュージーランドの博物館テ・パパの記録によると、800〜900年前に東ポリネシアからやってきたマオリの祖先たちは、故郷でつくっていたタパ用の楮(アウテ)をこの地で育てることができず、代わりにニュージーランド原産のハラケケ(亜麻)という新しい素材に出会い、まったく異なる織りの文化を築いていくことになります。この物語は、後半の章で改めて触れたいと思います。

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ティヴァエヴァエ ― クック諸島に根づいたパッチワークキルト

クック諸島の「ティヴァエヴァエ」は、19世紀にキリスト教宣教師の妻たちが持ち込んだパッチワークやアップリケの技法が起源とされています。最初にパッチワークキルトが伝わり、その後アップリケや刺繍のキルトが加わっていったと考えられています。

島の自然が染み込んだ色彩

持ち込まれてからそう長くないうちに、この輸入された手芸はクック諸島らしい独自の姿へと変わっていきました。花や植物をモチーフにした鮮やかで生命力あふれる図案は、島の自然環境をそのまま映し出しています。

“…vibrant tivaevae motifs such as flowers and plants reflecting the natural environment…”

―花や植物をモチーフにした鮮やかなティヴァエヴァエの図案は、自然環境を映し出している(拙訳)


Museum of New Zealand Te Papa Tongarewa

歌いながら針を運ぶ、女性たちの集い

ティヴァエヴァエは、ひとりで黙々と縫う人もいますが、多くは「ヴァイネ・ティニ」と呼ばれる女性グループで、歌を歌いながらアイデアを持ち寄って仕立てられます。これはトンガの「コカアンガ」など、太平洋の各地に見られる女性たちの共同作業の文化とも重なるものです。現在では結婚式や断髪式といった人生の節目に用いられ、家族のつながりを育む大切な役割を担っています。

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ビルム ― パプアニューギニアの「命の袋」

パプアニューギニアで広く使われる共通語トク・ピシンにおいて、「ビルム」は「子宮」を意味する言葉でもあります。実際にこの伸縮する編みバッグは、食料や薪を運ぶだけでなく、赤ちゃんを包んで背負うためにも使われてきました。まさに、あらゆる命がそこから始まる場所を象徴する存在です。

縦糸を使わない「結びのない編み」

ビルムは、木の皮やつる植物の繊維を叩いて取り出し、乾燥させたのち、手のひらと太ももの間で撚り合わせて一本の丈夫な糸をつくるところから始まります。糸ができたら、機(はた)を使わずに指先だけでループを重ねていく「ルーピング」という技法で編み上げていきます。ひとつのバッグを仕上げるまでに数百時間を要することも珍しくないといわれ、伝統的なビルムを研究したマッケンジーの調査では、繊維を糸に撚る工程だけでも60〜80時間かかるとされています。図柄や技法は一族ごとに受け継がれ、母から娘へと伝わる知恵の結晶でもあります。

“…a bilum is the traditional string bag made by PNG women.”

―ビルムは、パプアニューギニアの女性たちがつくる伝統的な編みバッグである(拙訳)


QAGOMA(クイーンズランド州立美術館)

近年は羊毛やアクリル、ナイロンといった輸入素材も使われるようになり、ファッションやインテリアの分野にもビルムの技法が広がりつつあります。都市に暮らす若い世代の担い手が減る一方で、伝統の編み手たちの仕事をオンラインで世界に届ける取り組みも生まれているそうです。

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ラランガとコロワイ ― マオリが新天地で見出したハラケケ織り

冒頭で少し触れたように、ニュージーランドに渡ったマオリの祖先たちは、故郷でタパをつくっていた楮の木をこの土地で育てることができませんでした。そこで出会ったのが、寒冷な気候にも耐えるハラケケ(ニュージーランド原産の亜麻)です。彼らはこの植物の内側の繊維「ムカ」を貝殻で丁寧にこそげ取り、石で叩いて柔らかくし、撚り合わせて糸にする技術を編み出しました。この「ラランガ(織り・編み)」の文化は、太平洋を渡ってきた祖先の知恵が、まったく新しい環境の中でかたちを変えて生き延びた例だといえます。

格式を纏う、コロワイという外套

ハラケケの繊維から生まれた織物の中でも特に格式高いのが、房飾り「フカフカ」や鳥の羽根を纏った外套「コロワイ」です。フォーマルな場面では威厳を、家族の系譜では誇りを象徴する存在として、今も大切に受け継がれています。織りは女性の仕事とされ、熟練の織り手は部族の中で高い敬意を集めてきました。20世紀初頭には西洋の衣服の普及とともに一時衰退しましたが、1950年代以降、伝統を受け継ごうとする織り手たちの手によって復興が進められています。

“Beautiful kākahu (cloaks) were worn by people of rank.”

―美しいカーカフ(外套)は、位の高い者が身に纏うものだった(拙訳)


Te Ara:The Encyclopedia of New Zealand

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アボリジニのバティック ― 砂漠のコミュニティが選んだ蝋染め

タパやビルム、ラランガが数百年、数千年という時間をかけて育まれた技法であるのに対して、オーストラリア中央部の先住民コミュニティに根づく「バティック」は、20世紀後半に生まれた比較的新しい布文化です。1971年、南オーストラリア州の砂漠地帯にあるアーナベラ(現地名プカチャ)で、アメリカ出身の若いアーティストが約1〜2カ月にわたりジャワ更紗の技法を指導したのが始まりとされています。

インドネシアから砂漠へ、驚くほどの速さで

アーナベラの女性たちは、わずか数週間から数カ月ほどの指導で技法を高いレベルまで習得し、独自の様式へと発展させていったといわれています。1975年には現地のアーティストたちがインドネシアのジョグジャカルタを訪れ、バティック研究所で本場の技術を学ぶ機会も持ちました。やがてこの技法はユートピアなど周辺のコミュニティにも伝わり、シルクに蝋で防染しながら、大地の模様や夢の物語(ジュクルパ)を描く独自の表現へと育っていきます。

“…the assured expertise with the medium in the 1980s and 90s…”

―1980〜90年代には、この技法を確かなものとして使いこなす域に達していた(拙訳)


National Gallery of Victoria

ひとつの布に、伝わってきた技法と、そこに暮らす人々自身の物語が重なり合う。アーナベラのバティックは、伝統というものが「昔からあるもの」だけでなく、「今も選び取られ、育てられていくもの」でもあることを教えてくれます。

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タパも、ティヴァエヴァエも、ビルムも、ラランガも、アーナベラのバティックも――技法や素材はまったく異なるのに、共通しているのは「ひとりでは完結しない布」だということです。歌いながら手を動かす女性たちの集い、母から娘へ受け継がれる編み方、島の外からやってきた技術を自分たちのものへとつくり替えていく力。オセアニアの布には、いつも人と人とのつながりが編み込まれています。

おわりに ― 布は、渡ってきた人々の記憶を纏う

タパからハラケケへ、宣教師のパッチワークからティヴァエヴァエへ、ジャワ更紗から砂漠のバティックへ。オセアニアの布の物語をたどっていくと、そこには常に「持っているものを手放さず、新しい環境の中でつくり替えていく」しなやかさがありました。限られた素材の中から、時間をかけて美しいものを生み出す手仕事の姿勢は、遠く離れた場所で布や糸に向き合う私たちにも、どこか通じるものがあるように感じます。

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