2025年5月30日、アメリカ全土の手芸愛好家たちは一斉に悲しみの声を上げた。全米800店舗以上を展開していた手芸チェーン「JOANN Fabrics」が、その長い歴史に終止符を打ったのだ。ソーイング、キルティング、クロッシェ、クラフト——あらゆるハンドメイド文化を支え続けた「聖地」が、二度の連続破産申請の末に姿を消した。
本記事では、JOANNがいかにして崩壊に至ったか、そしてアメリカのクラフターたちがSNS上でどのような嘆きと怒りを表明したかを、主要メディアの報道をもとにまとめる。
1JOANNの破産——その経緯と背景
創業から全米最大のチェーンへ
JOANNの起源は1943年にさかのぼる。ドイツ系移民のハイルダとベルトルド・ライヒ夫妻が、オハイオ州クリーブランドで友人夫妻とともに小さな店を開いたことが始まりだ。当初は布地とチーズを販売していたが、やがて布地の需要がチーズを大きく上回り、手芸専門店として成長していく。1963年に「Jo-Ann Fabrics」に改名(創業家の娘たちの名前、Joan と Jacqueline Ann にちなんだもの)。1980年には500店舗目をオープン。1994年に Cloth World を買収し、20世紀末にはアメリカ最大の布地・手芸チェーンへと上り詰めた。
転落のはじまり——プライベートエクイティによる LBO
2011年、運命を変える出来事が起こる。LAを拠点とするプライベートエクイティ(PE)ファンド Leonard Green & Partners が16億ドルでJOANNを非公開化(レバレッジド・バイアウト)。この取引によりJOANNは巨大な負債を抱えることになった。
「JOANNを殺したのは誰か?」——その答えはLeonard Greenだとみる関係者は多い。2011年のLBOが、同社に重くのしかかる負債をもたらした。
Fortune誌, 2025年3月
複数の元社員やベンダーがFortune誌の取材に応じ、PE ファンドによる負債に加え、「CEOの頻繁な交代」「顧客サービス軽視の人員削減」「競合への対応の遅れ」「コロナ禍の好景気による過信」などが複合的に重なったと指摘している。
コロナ特需と「束の間の栄光」
2020〜2021年、外出自粛でDIY・ハンドメイドブームが到来。JOANNは Fortune 1000 企業入りを果たすほど業績が回復し、2021年に再上場(IPO)を果たした。しかしこの「特需」は長続きしなかった。パンデミックが収束し外出が再開されると、消費者はクラフト用品への支出を急速に絞り込んだ。2021〜2024年の間に株価は99%下落。2023年10月にはNasdaqから上場廃止警告を受けた。
年表:JOANNの主な出来事
ドイツ系移民夫妻がオハイオ州クリーブランドで布地・チーズ店として創業
「Jo-Ann Fabrics」に改名(創業家の娘たちの名にちなむ)
500店舗目をオープン。全米展開を加速
PE会社 Leonard Green & Partners が16億ドルで非公開化(LBO)
コロナ禍でDIYブーム。業績急回復、Fortune 1000企業入り・再上場(IPO)
Nasdaq上場廃止警告。株価1ドル割れ
第1回 Chapter 11(連邦破産法第11条)申請。5億ドル超の負債削減で再建へ
第2回 Chapter 11申請。負債総額6億1,570万ドル。19,000人が解雇対象に
全800店舗が完全閉店。82年の歴史に幕
Michaels がブランドの知的財産とプライベートラベルを取得
二度目の破産と全店閉鎖
2024年3月の第1回破産申請で、JOANNは5億ドル超の負債を削減し非公開企業として再出発した。しかし再建計画は早々に行き詰まる。サプライヤーが支払いを懸念して商品の納入を縮小——在庫の枯渇が決定打になった。店頭の棚が空になり顧客が離れ、2025年1月15日、再び連邦破産裁判所に申請。負債総額は6億1,570万ドルに上った。
「何年もの間、大きな課題に直面し続けてきた小売環境と、財務状況および在庫制約が重なり、この決断を余儀なくされた」
暫定CEO マイケル・プレンダーガスト, 2025年1月
当初は500店舗程度の閉鎖を検討していたが、資産入札で GA Group が落札し全店舗の清算が決定。2025年5月30日をもって、全米49州にわたる800超の店舗が完全閉店した。
メディアが指摘した「崩壊の5つの原因」
LBOで積み上がった負債が投資余力を奪い続けた。長期的な経営強化より短期の財務最適化が優先された。
Amazon・Etsy・海外通販に市場を侵食。Hobby Lobby・Michaelsといった実店舗競合にも押された。
一貫した長期戦略を描けず「CEOのリボルビングドア」と揶揄された。
パンデミック特需を恒常的トレンドと誤解し在庫を過剰積み上げ。反動が大きかった。
接客重視の手芸店なのにコスト削減で人員を削り、店舗体験が悪化。顧客が離れた。
2SNS上の嘆き——愛好家たちの声
JOANNの閉店は、単なる「店が一つ消えた」話ではなかった。アメリカのクラフトコミュニティにとって、それは「聖地の喪失」に等しかった。RedditやTikTok、Instagram、X(旧Twitter)では、閉店発表直後から数百万件規模の投稿が相次いだ。
プラットフォーム別の反響
「信じられない……本当に閉まるんだ、JOANNが。」(涙声で)
「RIP JOANN 1943–2025。プライベートエクイティと企業の強欲によって死亡。」
「JOANNは私の幸せな場所だった。全店舗が閉まるなんて、信じられない。」
「JOANNは私が母と過ごした場所。一緒に布地を選んで、配色を考えて。その思い出は永遠に消えない。」
クラフターたちの現実的な困難
感情的な悲しみだけでなく、実際の困難を訴える声も多かった。「ファーファブリックはどこで買えばいい? JOANNにしかなかったのに」「布地はオンラインで買えない。実物を触らないとわからないのに」——そうした声がSNS上に溢れた。
テキサス州の取材では、ある常連客が「70%オフのセールで布地を仕入れ、キルティングを独学で始めた。JOANNがなければその入口さえなかった」と語った。シカゴでは修道女が入院中の赤ちゃんのためにブランケットを編む毛糸を買いに来ていた、という逸話もメディアで紹介され、「JOANNが支えていたのはビジネスだけじゃない」という声が広がった。
「Hobby Lobbyには行きたくないし、Michaelsには欲しいものがない。行く場所がなくなった。」
TikTokコメント欄より
Michaelsへのブランド売却と複雑な感情
多くのクラフターが「Hobby Lobbyは宗教的・政治的方針に同意できない」として忌避しており、かといってMichaelsの品揃えには不満を持つ層も多い。「JOANNなき後」の選択肢として、地元の個人経営店やEtsyへの移行を模索する動きも広がっている。
2025年6月、MichaelsがJOANNのブランドロゴと自社ブランド商品の知的財産を取得。JOANNのプライベートレーベル商品がMichaelsの店頭・オンラインで販売される見込みだが、JOANNそのものの復活ではない。
JOANNの消滅は、アメリカの手芸文化に深い傷を残した。82年の歴史、800店舗、19,000人の雇用——その喪失は数字をはるかに超えた文化的な損失だ。レバレッジド・バイアウトで負債を押し付けたPEファンド、パンデミック後の市場変化への対応の遅れ、EC競合の台頭……原因は複合的だが、その代償を払ったのは何十年もJOANNと共に生きてきた名もなきクラフターたちだった。
SNS上に溢れる涙の動画や怒りのコメントは、単なる「お気に入りの店が閉まった」悲しみではない。そこには「手で何かを作る喜び」を育み、守り続けた場所への深い愛着と、その場所が突然奪われた怒りが込められている。
「私たちは布を売っていたんじゃない。創造性を売っていたんだ。」
元JOANN社員
参照:Axios / CNN / Fortune / NPR / Fast Company / Texas Standard / Block Club Chicago(2025年)
