ゴム紐のはなし- わたしたちの「着る」を変えた樹液

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ひと昔前より、ウエストがゴム仕様のパンツが増えたと思いませんか?

ゴム紐のはなし ——南米の樹液が、わたしたちの「着る」を変えるまで

引き出しの奥に、白や黒の平ゴムが何本か眠っていませんか。裁縫道具の中でも地味な存在ながら、ゴム紐は衣服の歴史においてかなり革命的な発明でした。
腰紐をぎゅっと結ぶ手間も、ファスナーをおそるおそる引き上げる時間も、ゴムが現れてからというもの、静かに姿を消してゆきました。今回はそのゴム紐の物語——古代の樹液に始まり、現代のパンツのウエストに縫い込まれた「合理化」の話まで——を、織物や手芸が好きな方と一緒にたどってみたいと思います。

ゴムとの出会いは、コロンブスから始まった

ゴムの歴史は、はるか南米大陸にさかのぼります。古代マヤ文明やアステカ文明の人々は、ゴムの木の樹液(ラテックス)を使って防水の靴や衣服を作り、球技にゴムボールを使っていたことが知られています。

1493年頃、コロンブスが2度目の新大陸航海の際にハイチ島で現地の子供たちが黒いボールで遊ぶのを目撃し、ヨーロッパへ伝えたとされています。それが文明社会とゴムの最初の出会いでした。けれどもその後200年余り、ゴムは主におもちゃや防水布として使われるだけで、その真の可能性は誰にも気づかれていませんでした。暑くなるとベタつき、寒くなると固まる——当時の天然ゴムには、使いにくさという大きな欠点があったのです。

「加硫」の発見が、すべてを変えた

転機は1839年にやってきます。アメリカ人のチャールズ・グッドイヤーが、天然ゴムに硫黄を混ぜて加熱すると、温度に左右されず強靭で弾力のあるゴムができることを偶然に発見しました。この「加硫」という技術こそが、ゴムを工業材料として実用化する決定的な一歩でした。それまで夏にはだらりと溶け、冬には板のように固まっていた素材が、ようやく一年を通じて使えるものになったのです。

ゴムの語源はオランダ語の “Gom”。江戸時代、長崎の出島を通じてオランダとの交易があった日本には、英語の “Rubber” ではなく「ゴム」という呼び名が定着しました。消しゴムも輪ゴムも、みんな同じ「ゴム」という名前で呼ばれているのは、この歴史的な流れのためです。


— 語源について参考:共和ゴム株式会社「ゴムの歴史」

加硫ゴムの登場によってゴム工業は本格的に始まり、1887年にはダンロップが空気入りタイヤを発明するなど、ゴムの需要は一気に拡大してゆきます。原料となる天然ゴム(パラゴムノキの樹液)は当初、南米アマゾン流域にしか存在せず、”黒い黄金” とも呼ばれるほど希少なものでした。1876年、イギリスがゴムの苗木を東南アジアへ移植して大規模なプランテーションを築き、今日の「タイ・インドネシア・ベトナムが天然ゴムの主産地」という体制の礎を作りました。

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日本へ——「紐を結ぶ」から「ゴムで整える」へ

日本でゴム製品が知られるようになったのは、明治時代に入ってからのことです。1886年(明治19年)には東京・上野に日本初のゴム製造所が誕生し、ここがのちに「我国ゴム工業誕生の地」として石碑が立てられることになります。西洋の靴や下着(コルセットなど)と共にゴム製品も輸入され始めましたが、当初は高価な舶来品であり、ごく一部の層に限られたものでした。

ゴム紐が一般家庭に広く普及してゆくのは、大正から昭和初期にかけてのことです。「文化服」と呼ばれた簡略化された洋装や、子供服が普及するにつれ、着脱が楽なゴム紐への需要が急増しました。そして戦後、ポリウレタン(スパンデックス)をはじめとする化学繊維の登場が、衣料用ゴム紐の世界を大きく塗り替えることになります。

手芸用ゴム紐の素材と構造

手芸店で見かけるゴム紐は、実はとても精巧な構造をしています。中心には伸縮する「芯」があり、その周囲を「被覆糸(ひふくし)」と呼ばれる糸が覆っています。芯の素材には主に2種類があります。

ゴム紐の芯素材、2つの系譜

天然ゴム(ラテックス):東南アジアのパラゴムノキの樹液から作られます。伸びがよく力強い「引き」が特徴ですが、熱や紫外線で劣化しやすいという面もあります。

ポリウレタン(スパンデックス):石油由来の化学合成繊維で、現代の主流です。薄くて軽く、ドライクリーニングにも強い。東レや旭化成などの国内化学メーカーのほか、中国・韓国工場でも製造されています。被覆糸にはポリエステルやナイロン、綿などが使われ、肌触りと耐久性を高める役割を担っています。

「織ゴム」「編ゴム」「丸ゴム」——形の違いには理由がある

手芸用のゴム紐は、製法によって性格が変わります。織機でゴム糸を織り込んだ「織ゴム」は厚くてしっかりしており、ウエストベルトのような強度が必要な場所向き。編み機で仕上げた「編ゴム(縦ゴム)」は柔らかくて通気性に優れるため、肌着など肌に触れるものに適しています。そして、芯の周りに糸を編み上げた「丸ゴム」はマスクのひもや小物づくりに欠かせない存在です。ウエストゴムに使われるのは織ゴムまたは編ゴムがほとんどで、幅は15〜40mm程度のものが一般的です。

日本のゴム紐メーカー、小さくて誠実な顔ぶれ

手芸店で馴染みの深い「金天馬(きんてんま)」は川村製紐工業株式会社のブランドで、丸ゴムのクオリティに定評があります。株式会社KAWAGUCHIは家庭用補修ゴムや強力ゴムのパッケージ商品で知られ、全国のホームセンターに並んでいます。また石川県かほく市は平ゴムの一大産地として知られ、津田産業のように創業90年を超える老舗メーカーが今も品質を守り続けています。日本製ゴムのこうした誠実なものづくりの背景には、地道な職人技が連綿と続いているのです。

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ゴムが縫い込まれた理由——ファストファッションと「効率」の話

さて、話は少し現代へ移ります。最近のパンツやスカートを買うと、ウエスト部分にゴム替え口がなく、布と一緒に直接縫い付けてあるタイプが増えていますね。引き出し口を探しても「ゴムを入れ替えられそうな隙間」がどこにも見当たらない。あれは、手抜きなのでしょうか。

実は、あの縫い付け仕様には複数の理由があります。コストの問題はもちろんですが、それだけではありません。

工程を減らすと、何がなくなるか

従来のパンツには、ファスナー・ボタン・ボタンホール・ベルト通し(5〜7本)が必要でした。これをすべてゴムに置き換えると、縫製工程が劇的に短くなります。さらにゴム仕様にすることで1サイズでカバーできるウエストの範囲が広がり、「79cmと82cmを別々に作る」必要がなくなる。在庫リスクを減らしながら大量生産の効率を最大化できる、工場にとっての合理的な選択です。コスト削減は材料費よりむしろ「人件費」と「工数」の節約が大きな部分を占めています。

「見た目」のために縫い付ける、という発想

縫い付け仕様には、実は「美しさ」への配慮もあります。ゴムを筒の中に通すだけだと、洗濯のたびに中でゴムがひっくり返ったり折れ曲がったりして、ウエスト周りがモコモコと膨らみやすくなります。布と一緒に多針ミシンで一気に縫い上げることで、ギャザーが均等に美しく出て、シャツをインしても「いかにもゴムパン」という雰囲気を抑えられる。専用の多針ミシンを使えばゴムを伸ばしながら布と同時に縫い付けられるため、仕上がりが均一でシルエットも整いやすいのです。

縫い付けられたゴムが伸びてしまった場合、リフォーム店では「一度すべて解いてゴムを入れ直す」大手術になるため、購入価格より修理費のほうが高くなる逆転現象が起きることも。

「修理して長く使う」服の選び方

もし「この1着を長く着たい」と思うなら、買うときにちょっとだけウエスト周りを確認してみてください。ゴムの替え口(ゴム通し口)があるか、あるいは後ろだけゴムで前はボタン仕様になっているか——そういう服は、ゴムが伸びても自分で入れ替えることができます。手芸が好きな方なら、幅広の平ゴムをはさみでちょうどよい長さに切って通すだけ。特別な道具がなくても安全ピンで代用できますし、少し手をかけるだけで服の寿命はぐっと延びます。

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ゴム紐が伝えてくれること

南米の密林で採れる樹液が、ヨーロッパの科学者の手によって工業素材になり、日本の街の手芸店の棚に並ぶ白い平ゴムになるまで——その道のりは、思いのほか長く、多くの人の発見と試行錯誤で編まれています。

現代のファストファッションが「ゴムを縫い込む」という選択をしたのは、コストと効率とシルエットが絡み合った結果です。それ自体をすべて否定するつもりはありませんが、もし手元にお気に入りの布や縫い道具があるなら、「ゴム替え口のある服を選ぶ」「自分でゴムを入れ替えてみる」という小さな一歩が、ものを長く大切にする暮らしへとつながってゆくのかもしれません。
引き出しの奥の平ゴムが、今日少しだけ輝いて見えたなら嬉しいです。

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