布・糸・コンピューターの意外な繋がり

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糸と布とコンピューター。全く関係ないように見えるこの3つ、どんな関係があるんだろう。

糸が紡いだコンピューターの歴史
ジャカード織機とパンチカードが変えた世界

スレッド(Thread)、ファブリック(Fabric)、ウェブ(Web)——これらはいずれも現代のITに欠かせない言葉です。スレッドはプログラムの実行単位として、ファブリックはシステムの基盤構造として日常的に使われています。

しかしなぜ、布や糸に由来する言葉がコンピューターの世界に根づいているのでしょうか。その答えは、19世紀フランスの一枚の織物にあります。


1801年、リヨンの発明——ジャカード織機の誕生

フランス・リヨン出身の織物師ジョゼフ=マリー・ジャカール(Joseph-Marie Jacquard)が、画期的な発明をパリの産業博覧会に出展したのは1801年のことでした。彼が考案したのは、穴の開いた厚紙のカード——「パンチカード」によって自動的に複雑な文様を織り出す仕組みです。

それ以前の織機では、「ドローボーイ」と呼ばれる助手が織機の上に座り、経糸を一本一本手で上下させながら模様を作っていました。気の遠くなるような根気仕事です。ジャカールのパンチカードはこの作業を自動化し、カードを差し替えるだけでどんな複雑な文様にも対応できるようにしました。

「穴あり・穴なし」という二択の論理

カードの仕組みはシンプルです。特定の位置に穴が「ある」か「ない」か——それだけで経糸を上げるか下げるかが決まります。穴あり=1、穴なし=0。これはまさに、現代コンピューターの根幹をなす「二進法(バイナリ)」の考え方そのものです。

Each card encoded a binary choice, hole or no hole — a precursor to the zeroes and ones today, which determined whether a thread was lifted or lowered. The Jacquard mechanism transformed textile work from manual dexterity to programmable logic.

(訳)各カードは「穴あり・穴なし」という二択を符号化していた。これは現代の0と1の先駆けであり、経糸を上げるか下げるかを決定した。ジャカール機構は、織物作業を職人的な手仕事から、プログラマブルな論理へと変容させた。


Reclaiming the Thread, NYU Gallatin

1804年の特許取得後、ジャカール織機は急速に普及します。スミソニアン博物館の記録によれば、フランスのみならずイギリスやアメリカでも広く採用され、ブロケード、ダマスク、マトラッセといった複雑な文様の生地が効率よく生産されるようになりました。カードを繋いで「プログラム」を組み替えるたびに、まったく異なる模様が生まれる——これがどれほど革命的な発想だったかは、想像するに難くありません。

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「解析機関」へ——バベッジとエイダ・ラブレスの夢

ジャカール織機のアイデアは、海を越えてイギリスの数学者チャールズ・バベッジ(Charles Babbage, 1791–1871)の心をとらえました。バベッジは1830年代、パンチカードによって数値と演算指示を与えることができる計算機械「解析機関(Analytical Engine)」の設計を始めます。これはコンピューターの最初の設計として広く認められています。

世界初のプログラマー、エイダの言葉

バベッジの友人でもあった数学者エイダ・ラブレス(Ada Lovelace)は、解析機関の設計論文をフランス語から翻訳し、自ら詳細な注釈を書き加えました。そのなかに、歴史に刻まれた一文があります。

The Analytical Engine weaves algebraical patterns, just as the Jacquard-loom weaves flowers and leaves.

(訳)解析機関は代数的なパターンを織り上げる——ちょうどジャカール織機が花や葉を織り出すように。


Ada Lovelace, 1843 / Science and Industry Museum, Manchester

織物と計算機がひとつの比喩のなかで結びついた瞬間です。エイダは今日、世界初のコンピュータープログラマーとして称えられています。ジャカード織機のカードという発想なくして、バベッジの夢も、エイダの洞察も生まれなかったかもしれません。

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パンチカードが動かした国勢調査——ホレリスとIBMの誕生

ジャカールのアイデアを統計処理の世界に持ち込んだのが、ヘルマン・ホレリス(Herman Hollerith)です。19世紀末、アメリカの国勢調査は膨大な人口データの集計に数年を要していました。ホレリスはパンチカードを使った集計機械を開発し、1890年の国勢調査に応用。処理時間を劇的に短縮することに成功しました。

Hollerith founded the Tabulating Machine Company in 1896 to exploit other applications for his system. His firm and three others merged to form the Computing Tabulating Recording Company in 1911, renamed International Business Machines Corporation in 1924.

(訳)ホレリスは1896年に集計機械会社を設立。後に他社と合併し、1924年にはインターナショナル・ビジネス・マシーンズ(IBM)と名を改めた。


Computer History Museum — The Storage Engine

織物の自動化から生まれたパンチカードが、のちに世界最大のコンピューター企業の礎を築いた——歴史の糸がここでひとつに束なります。IBMのパンチカードは1928年に80列の標準規格が確立され、1980年代まで主要なデータ媒体として活躍し続けました。

 

布・糸・コンピューターの意外な繋がり
布・糸・コンピューターの意外な繋がり
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月へ続く糸——アポロ計画と「織物」のメモリー

1960年代、NASAのアポロ計画が直面した問題のひとつが「宇宙でも消えないメモリー」の開発でした。磁気コアを針で縫い通す「コアロープメモリー(Core Rope Memory)」という技術がその解決策となりましたが、ここに思いがけない接点があります。

コアロープメモリーの製造を担ったのは、マサチューセッツ州のレイセオン社の工場で働く女性たちでした。彼女たちの多くは地元の繊維産業出身者で、細かな手仕事の経験が買われていました。針を使って極小の磁気コアリングにワイヤを通す作業は、まさに刺繍や織物の技法そのものだったのです。

The software for the Apollo Guidance Computer was written by programmers at MIT’s Instrumentation Lab, and was woven into core rope memory by female workers in factories. The sense wire was woven through the cores in a pattern, physically encoding the 1s and 0s of binary code.

(訳)アポロ誘導コンピューターのソフトウェアはMITの研究者たちが書き、工場の女性作業員たちがコアロープメモリーとして「織り込んだ」。センスワイヤーはコアの間を通るパターンによって、バイナリの0と1を物理的に符号化していた。


Wikipedia — Core rope memory

このメモリーの開発を統括したのが、ソフトウェアエンジニアのマーガレット・ハミルトン(Margaret Hamilton)です。彼女は作業員の女性たちを「LOL(Little Old Ladies)」と呼んで親しみを込めました。その名前はやがて「LOLメモリー」という愛称にもなりました。ワイヤを丁寧に通すたびに、月への航路が書き込まれていったのです。

コアロープメモリーの論理は、ジャカールのパンチカードとほぼ同じです。ワイヤがコアを「通る=1」、「通らない=0」——穴あり・穴なしの二択が、形を変えて宇宙船のコンピューターに生き続けていました。

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言葉に残る「織物の遺産」——Thread、Fabric、そしてText

ITの世界に「織物の言葉」が染み込んでいるのは、偶然ではありません。コンピューター工学の語彙の多くは、繊維産業から借り受けたものです。

Thread(スレッド)

プログラムの「実行の流れ」を指す言葉。複数のスレッドが絡まり合いながらひとつの仕事をこなすマルチスレッド処理は、縦糸と横糸が交差して布を生む織物の構造と重なります。英語には「spin up a thread(スレッドを立ち上げる)」という表現もあります——糸を紡ぐように。

Fabric(ファブリック)

クラウドコンピューティングやネットワークの基盤構造を「ファブリック」と呼びます。Microsoftのクラウド基盤「Azure Service Fabric」、IBMの「IBM Fabric」など、大手企業が好んで使う表現です。多くの要素が緻密に絡み合って全体を支える様子が、布の構造に似ているからでしょう。

Text(テキスト)——言葉そのものも「織物」だった

これは少し驚きの事実かもしれません。私たちが日常的に使う「テキスト(text)」という単語は、ラテン語の「texere(織る)」に由来します。Textile(テキスタイル=織物)と同じ語源です。文章を書くことは、言葉を「織り上げる」ことだったのです。

The metaphorical residue of textiles is embedded in computing’s language: threads, webs, spinning, nets. These terms are not poetic flourishes but linguistic fossils, reminders that information was once materially entwined with fiber.

(訳)繊維産業の痕跡はコンピューターの言語に埋め込まれている——スレッド、ウェブ、スピニング、ネット。これらは詩的な表現ではなく「言語の化石」であり、情報がかつて繊維と物質的に絡み合っていたことを思い起こさせる。


Reclaiming the Thread, NYU Gallatin

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布を手にするとき、そこには計算機の夢がある

ジャカール織機のパンチカードからバベッジの解析機関へ、IBMの統計機械から月面着陸を支えたコアロープメモリーへ——織物の論理は200年以上にわたって計算機の進化を牽引してきました。

布を織ることは、単なる手仕事ではありませんでした。経糸と横糸を交差させながら模様を生み出す作業のなかには、情報を符号化し、秩序を生み出す知性が宿っていました。「穴あり・穴なし」の二択が、「0と1」の二進法へと昇華したとき、現代のデジタル社会が産声を上げたのです。

生地を選び、糸を手に取るたびに、その向こうに広がる長い歴史を思うのも、また一興ではないでしょうか。

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