布の未来を変える特許技術——世界で動く、まだ知られていないテキスタイル革命
「布」というものは、長い歴史を持ちながら、いまも静かに進化し続けています。しかしその変化は、ファッション誌の最前線にはなかなか届かない——研究室や特許庁の書類の中で、静かに、確実に積み重なっています。きのこの菌糸から生まれる生地、水を一滴も使わない染色、AIが布の素材を見分ける技術……。今回は、海外で出願・承認されている最新の布・テキスタイル関連特許をひもとき、わたしたちの「布との関わり方」がどう変わりつつあるかをご紹介します。
菌糸(きんし)から生まれる布——「マイコテキスタイル」特許の最前線
きのこの「根っこ」のような部分を菌糸(マイセリウム)と呼びます。近年、この菌糸を素材として布やレザーに仕立てる研究が世界中で加速しており、2019年以降、関連する特許出願数は急増しています。
Spora Biotech の特許 — ナノ粒子で「強さ」を加える
チリ発のスタートアップ「Spora Biotech」は、菌糸テキスタイルの分野で注目すべき特許を取得しました。その名も「MYCOTEXTILES INCLUDING ACTIVATED SCAFFOLDS AND NANO-PARTICLE CROSS-LINKERS AND METHODS OF MAKING THEM」(活性化スキャフォールドとナノ粒子架橋剤を含むマイコテキスタイルおよびその製造方法)——2024年5月28日に米国特許商標庁(USPTO)より正式に認められた特許です(特許番号 US 11,993,068)。
“Spora is the first end-to-end company, discovering fungal strains in expeditions around the world’s most pristine ecosystems, processing through biotechnology to deliver mycelium alternatives to desired products.”
(訳)「Sporaは世界でもっとも手つかずの生態系での探検を通じて菌類の菌株を発見し、バイオテクノロジーで加工して製品の代替素材を届ける、最初のエンドツーエンド企業です。」
— MycoStories — Mycelium Leather Breakthrough: Spora’s First Patent
この特許の核心は、ナノ粒子(肉眼では見えない超微細な粒子)を菌糸の構造に組み込み、架橋剤として機能させることで、従来の菌糸素材よりもはるかに強度・耐久性・伸縮性を高めた布を実現する点にあります。Sporaはチリのパタゴニアやアマゾン熱帯雨林への探検隊を組んで独自の菌類株を採取しており、CRISPR/Cas9(遺伝子編集技術)まで活用して素材の特性——色、テクスチャー、強度、耐摩耗性——をコントロールする研究を進めています。2025年には11件の特許を出願する計画で、うち3件はすでに米国・PCT(国際特許条約)・EU向けに申請済みです。
菌糸テキスタイルの広がり——Ecovative、MycoWorks、そして欧州の開放特許
米国のEcovative Designは、自社が持つ「MycoComposite」素材の欧州特許をオープン化し、誰でも利用できるようにしました。きのこの菌糸を農業廃棄物のスキャフォールド(土台)と組み合わせて成形した素材で、すでに梱包材・建築材・コーヒン(棺桶)など多様な製品が生まれています。ベルギーのVrije Universiteit Brusselが2023年に発表した論文では、2009年から2023年の菌糸レザー関連特許36件を体系的に分析し、菌類の発酵技術・可塑剤・架橋剤・後加工技術の多様なアプローチが並立していることが明らかになっています。
菌糸ベースの素材開発に取り組む主な企業には、アメリカのMycoWorks・Ecovative Design、イタリアのMogu、オランダのLoop Biotech、インドネシアのMycotech Labなどがあり、グローバルな競争が始まっています。菌糸テキスタイルは完全生分解性かつ動物由来でなく、地球への負荷が低い素材として注目を集めています。
水を一滴も使わない——ウォーターレス染色の特許技術
布を染める工程は、伝統的に大量の水を必要とします。1枚のTシャツを作るだけで約2,700リットルもの水が使われるといわれるほど、繊維産業は水消費・水汚染の観点から課題を抱えてきました。そこで近年、水を使わずに染色する技術の特許が相次いで登場しています。
超臨界CO2染色——二酸化炭素が染料を運ぶ
中国の河南省にある「河南無水染色技術有限公司」(Henan Waterless Dyeing Technology Co., Ltd.)は2023年8月、超臨界二酸化炭素を媒体として用いたウォーターレス染色技術の国家特許を取得しました。仕組みはシンプルで驚くほど革新的——二酸化炭素を高圧・高温にすることで「超臨界状態」という液体と気体の中間の状態にし、その特性を使って繊維の内部に染料を浸透させます。水もほぼ使わず、排水もありません。
“The dyeing time is reduced from several hours down to just 45 minutes for colors like ‘China Red’; it entirely eliminates the need for water, chemicals, and auxiliary agents.”
(訳)「染色時間は数時間から45分程度にまで短縮され(「チャイナレッド」等の色)、水・化学薬品・助剤が一切不要になります。」
— Oreate AI Blog — Breakthroughs in Waterless Dyeing Technology
さらに、この技術はコスト面でも従来の水染色より製造コストを40%以上削減できると試算されています。ナイロン生地への対応など、素材の幅を広げながら普及が進んでいます。
Karl Mayer の「Greendye」——窒素雰囲気の中でデニムを染める
ドイツの繊維機械メーカー大手Karl Mayerは、デニム向けインディゴ染色技術「Greendye」を特許化しています。水を使わず、薬品の使用量も従来比50%削減を実現。窒素ガス雰囲気の中で染色を行うことで、染料の吸収率が通常の3倍に高まるという手法です。ジーンズの生産における水汚染問題に対する、実用的かつ工業規模の解答のひとつとして評価されています。
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温度で色が変わる布——サーモクロミック技術と特許の世界
熱に反応して色が変わる繊維技術、「サーモクロミック(thermochromic)テキスタイル」の研究も、近年特許として具体的な形を見せ始めています。
ZOZOの2024年特許——個別に加熱できる色変化レイヤー
日本のファッションプラットフォーム企業「ZOZO」が2024年に日本で出願した特許は、繊維の分野で静かな注目を集めています。ロイコ色素(leucodye)という特殊な染料を使ったサーモクロミック層を、布の構造の中に積み重ねて組み込み、さらに部分ごとに独立してヒートコントロールできる仕組みを持たせたものです。
“ZOZO’s 2024 JP patent discloses a layered architecture with thermochromic (leuco-dye) color-changing layers and individually heatable zones, allowing localized and programmable visual design change in response to temperature without an external display substrate.”
(訳)「ZOZOの2024年特許は、サーモクロミック(ロイコ色素)層と部分加熱ゾーンを積層した構造を開示しており、外付けの表示基板なしに、温度に反応した局所的・プログラム可能なビジュアルデザイン変化を実現します。」
従来の電子テキスタイルは、布の上に回路や表示パネルを「付け足す」アプローチが主流でした。しかしZOZOのこの特許は、色変化の仕組みを布の層構造そのものに組み込む「素材インテリジェンス」の発想で、着心地・手触りを損なわずにデザインの変化を可能にします。
中国・清華大学の研究——温度と湿度の両方で色が変わる布(2024年)
2024年、清華大学(中国)の研究チームはサーモクロミックマイクロカプセルと湿度感応素材を組み合わせた布を開発し、学術誌に成果を発表しました。この布は温度が30°Cから80°Cに上昇すると緑からマゼンタへ、湿度が100%から0%に下がると緑から紫へと色が変化します。30回の摩擦・洗濯後も色変化の性能がほとんど損なわれない耐久性も確認されています。
AIが布の素材を見抜く——Refiberdのハイパースペクトルカメラ技術
リサイクルの現場で大きな壁となってきた問題があります——それは「この服が何の素材でできているか、正確にわからない」という問題です。たとえばコットンとポリエステルとスパンデックスが混紡された布を、素材ごとに分けてリサイクルするのは至難の業です。
米カリフォルニア州クパティーノ発のスタートアップ「Refiberd」(2020年設立)は、AIと超高精度カメラを組み合わせた特許申請中の識別技術で、この問題に挑んでいます。
「ハイパースペクトルカメラ」とAIの組み合わせ
“The patent-pending technology allows to place fabrics under a hyperspectral camera that detects how light interacts with materials: different materials absorb and reflect light differently according to their chemical composition, allowing them to be identified.”
(訳)「特許申請中のこの技術は、布をハイパースペクトルカメラの下に置くことで光と素材の相互作用を検出します。素材ごとに化学組成によって光の吸収・反射のされ方が異なるため、識別が可能になります。」
— Renewable Matter — Startup Refiberd improves fabric recycling with AI
ハイパースペクトルカメラは、人の目には見えない波長帯まで含む数十〜数百バンドの光を同時に計測できる特殊なカメラです。布の下にカメラをかざすだけで、コットン・ポリエステル・スパンデックスなどの混率を1〜2%の精度で識別します。そのデータは「ハイパースペクトルキューブ」と呼ばれる多次元データに変換され、機械学習モデルが素材組成を予測します。
Refiberdはすでに2件の特許を出願済みで、eBayのCircular Fashion Fund(2025・2026)やGlobal Fashion Summit 2025のTrailblazerプログラムで受賞を果たし、業界内での信頼を高めています。同社の識別技術は、素材の偽造品判定(偽ブランド品の素材検査)や、工場での生産管理(素材のすり替え防止)にも応用が広がりつつあります。
PROFILE
Refiberd(リファイバード) / カリフォルニア州クパティーノ・2020年設立 / 共同創業者:Sarika Bajaj(CEO)、Tushita Gupta(CTO)。女性2人が率いるテック系スタートアップ。
公式サイト:refiberd.com
特許という「種」が布の未来を変えていく
今回ご紹介した特許・技術をまとめてみると、それぞれがまったく異なる方向から「布の限界」を更新しようとしていることがわかります。
菌糸の技術は「素材そのものをゼロから育てる」発想の転換であり、ウォーターレス染色は「布づくりの水問題」に正面から向き合う実用技術です。温度で色が変わる布は「布が情報を伝える」可能性を示し、AIによる素材識別は「布の素材をデータとして扱う」未来のインフラを作っています。
特許は「まだ世に出ていないアイデアの約束手形」でもあります。今日ご紹介した技術のほとんどは、まだ一般の手芸店に並んでいるわけではありません。しかし今から5年後、10年後——わたしたちが手に取る布のどこかに、これらの技術の痕跡が宿っているかもしれません。
jumble shop oneでは、変わらず「今日、手に取れる布のよろこび」をお届けしながら、こうした世界の動きも引き続きお伝えしていきます。
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