強さをまとう布 — 軍用生地の歴史と素材を知る
生地を扱うものとして、「丈夫さ」というものをいつも考えます。日常の服に使う綿や麻が雨や摩擦に少しずつ負けていくのを横目に、世界のどこかでは同じ「布」が、砂漠の灼熱や密林の湿気、銃弾や炎にも耐えるよう設計されている。軍用生地の世界は、繊維技術の最前線でもあります。今回は、その歴史と素材、そして日本の自衛隊が使う独自の素材についてご紹介します。
軍用生地の歴史 — 赤い上着から迷彩服へ
かつて、兵士たちは敵に見せるための服を着ていました。18世紀から19世紀にかけてのヨーロッパ軍は、真っ赤なコートや派手な羽飾りを纏い、戦場でも味方を識別しやすくするため、あえて目立つ色を使っていました。ウールや絹、動物の毛皮や羽根まで、あらゆる天然素材が使われていた時代です。
「カーキ」の誕生 — 1846年、インドで始まった革命
転換点となったのは、1846年にインドのペシャワール(現パキスタン)に駐屯していたイギリス軍将校、ハリー・ラムスデンとウィリアム・ホドソンの試みでした。白いコットンの軍服は乾燥した土埃の中で目立ちすぎる。そこで彼らは、泥や植物染料で布を染め始めます。この土埃色の染め物が「カーキ」の起源です。カーキという言葉はペルシャ語の「土・埃」を意味する言葉に由来しています。
1897年、カーキ色のユニフォームはイギリス軍の海外部隊全体の正式な制服となった。その後まもなく、アメリカやボーア戦争の南アフリカ軍も同様の色を採用した。カーキは軍服における最大の変革のひとつとして、戦術的な意味での迷彩の幕開けを告げるものだった。
— National Geographic(参照・要約)
20世紀 — 素材の工業化と二度の世界大戦
20世紀に入ると、科学技術の進歩が軍用生地を劇的に変えます。第一次世界大戦では綿やウールが主力でしたが、遠距離射撃や航空機による偵察が普及し「見えないこと」が最大の防御となりました。イギリス軍は1902年にカーキ綿の制服を制式採用しましたが、気候への対応が不十分なため、後にウールのサージ(綾織り)に切り替えています。
1930年代にはナイロンが開発され、軽くて強いパラシュート素材として第二次世界大戦で活躍します。また、防水・透湿機能を持つコットン「ベンタイル(Ventile)」がイギリス空軍のパイロット用生存服に採用されるなど、特殊用途向けの機能的素材が次々と誕生しました。アメリカ軍は1943年に多層式の重ね着コンセプト(レイヤリングシステム)を導入し、軍用被服の設計思想が大きく変わりました。
迷彩パターンの進化
迷彩模様を印刷するためには、生地の染色技術も進化が必要でした。コットン単体とポリエステル単体では染料の種類が違い、2種の素材を混紡した生地に綺麗にパターンを定着させるのは技術的な難題でした。1972年にイギリスが4色迷彩プリントの制服を導入、1970年代末にアメリカが「M81ウッドランド迷彩」(黒・茶・緑・カーキの4色)を全軍標準として採用し、その後の迷彩パターンの基礎となりました。近年はコンピュータで設計されたデジタル迷彩が主流となり、肉眼だけでなく赤外線センサーからも姿を隠すための処理が施されるようになっています。
現代の軍用素材 — 生地が生死を分ける理由
現代の軍用生地に求められる機能は複数あります。耐摩耗性・耐引裂き性はもちろん、軽量性、速乾性、難燃性、そして赤外線偽装(夜間暗視装置で映らないこと)まで。これらすべてを一枚の布でクリアするため、世界の軍は複数の繊維を組み合わせた複合素材を使います。
CORDURA(コーデュラ)— 軍用生地の代名詞
1929年に商標登録され、第二次世界大戦を経て発展してきたのが「CORDURA(コーデュラ)」です。現在はINVISTA社が管理するブランドで、ナイロン6,6(高強度ナイロン)を主原料とします。その最大の特徴は「重さに対する強度」のバランス。単位あたりの耐摩耗性が非常に高く、靴、軍用バッグ、防弾ベスト、ブーツまで幅広く使われています。「デニール(D)」という単位で太さが表されており、数値が高いほど密度と強度が増します。500Dなら絹1本の500倍の太さの糸を使っているという意味です。
NYCO(ナイコ)— 40年以上、米軍の制服を支えてきた素材
米軍をはじめ世界各国の軍が採用する「CORDURA NYCOファブリック」は、ナイロン6,6とコットンを親密に混紡(インティメートブレンド)した素材です。コットン最大60%・ナイロン40%という配合で、コットンの着心地の良さとナイロンの耐久性を両立させています。また、ポリエステル/コットン混紡と比較して炎の広がり速度が3〜5倍遅いという難燃性能も持ち、「溶けない・垂れない(No Melt No Drip)」という特性は炎上する車両や爆発物の多い現代の戦場で重要な性能です。
CORDURA NYCOは40年以上にわたり、アメリカ軍および世界各国の軍隊・警察機関に採用され続けている。その技術は現在も進化を続けており、英国海兵隊の新制服にも採用されている。
— CORDURA公式サイト(参照・要約)
リップストップ — 格子で裂けを食い止める織り方
「リップストップ(Ripstop)」とは素材の名前ではなく、织り方の名前です。格子状に太い補強糸を織り込むことで、たとえ生地が小さく裂けてもそれ以上広がらないようにする構造です。テント地やアウトドアウェアでも使われますが、軍用では特に重要で、世界各国の戦闘服に広く採用されています。
Nomex(ノーメックス)— 炎から身を守る特殊繊維
戦闘機パイロット、戦車搭乗員、爆発物処理班などは「Nomex(ノーメックス)」という難燃性の高い繊維を使った被服を着用します。元DuPont社(現Teijin Aramid)が開発したアラミド系繊維で、炎に触れても燃えにくく、溶けて皮膚に張り付くこともない。消防士のフラッシュオーバースーツにも使われる素材です。
主要メーカーの紹介
軍用生地の世界ではいくつかの専門メーカーが知られています。イギリスの「Carrington Textiles」は130年以上の歴史を持ち、年間1億3千万メートルの生地を生産、80カ国以上に輸出。米軍向けの「1947 LLC」はCrye Precision(クライプレシジョン)との独占ライセンスでMultiCamパターン生地を製造。INVISTA(旧DuPont繊維部門)はCORDURA・Nomex・Kevlarなど軍用繊維技術の中心的な存在です。縫製はアパレルメーカーに外注されることも多く、最終的な製品として仕上げられています。
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日本の自衛隊が使う「ビニロン」— 世界でも珍しい素材
ここが、日本の自衛隊の被服が世界の軍と大きく異なる点です。海外の多くの軍がナイロン・コットン混紡(NYCO)やポリエステル・コットン混紡を採用する中、陸上自衛隊の官給品(国が隊員に支給する正式装備)の戦闘服には「ビニロン(Vinylon)」という繊維が使われています。
ビニロンとは何か
ビニロンはポリビニルアルコール(PVA)を原料とする合成繊維で、日本が戦後に独自開発した繊維技術の成果です。耐熱性・耐薬品性・耐候性が高く、難燃性に優れています。自衛隊の戦闘服には「難燃ビニロン70%・綿30%」という混紡が多く使われており、600度の熱に約12秒間耐えられるとされています。また、近赤外線偽装(赤外線暗視装置に映りにくくする処理)が施されているのも特徴です。
素材はビニロン70%と綿30%(納入年度によっては50:50のものもある)で、600度の熱にさらされても約12秒間着用者を防護できる難燃性が付与されているほか、赤外線暗視装置での探知を困難にする近赤外線偽装が施されている。
製造は国内2社が担う — クラレとユニチカ
自衛隊向けビニロン生地を製造できるメーカーは国内に2社しかありません。「クラレ」と「ユニチカ」です。縫製は複数のアパレルメーカーに外注されていますが、生地そのものは完全な国産です。2017年、公正取引委員会はこの2社が防衛装備庁の入札において価格調整(談合)を行っていたとして排除措置命令と課徴金納付命令を下しました。ビニロンというニッチな素材を独占的に供給できる体制が、長期にわたって競争原理の働かない調達環境を作っていたと見られています。
自衛隊迷彩の色と柄のデザイン
現行の陸上自衛隊迷彩(2型・3型)は、日本国内の山野の植生画像をコンピュータでドット(斑点)状に処理して設計されています。赤みを帯びた茶色と複数の緑を組み合わせた独特の配色は、日本の地形・植生に最適化されており、近距離での隠蔽性が非常に高いとされています。航空自衛隊はデジタル迷彩を採用するなど、自衛隊の各部門でパターンが異なります。
自衛隊 vs. 海外軍隊 — 素材比較
米軍・英軍・仏軍 → ナイロン/コットン混紡(CORDURA NYCO)またはポリエステル/コットン混紡。軽量・速乾が優先。
陸上自衛隊 → ビニロン/コットン混紡。難燃性・耐熱性が優先。世界でも珍しい独自素材。
どちらが優れているかは用途次第ですが、「日本の山野に特化した迷彩」と「日本発祥の難燃繊維」という組み合わせは、自衛隊の装備が専守防衛の思想に基づいて設計されてきたことを示しています。
布の力を改めて考える
かつては泥や茶葉で染めた白い綿布から始まり、現在では赤外線を遮断し炎にも耐える複合繊維へ。軍用生地の歴史は、人類が「布に何を求めるか」を突き詰めてきた歴史でもあります。
ミリタリーテイストのファブリックや迷彩プリントが手芸の世界でも人気なのは、こうした「機能と歴史が染み込んだ布」への親しみからかもしれません。コットンとナイロンの混紡がどれだけ丈夫かを知ると、同じ素材のポーチやバッグを選ぶときの目も変わってきます。
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