混紡生地をリサイクルする「グリーン・マシン」とは。香港HKRITAが世界の繊維業界を変えるまで
綿とポリエステルが混ざった混紡生地。とても便利な素材ですが、リサイクルの現場では長年「分けられない生地」として扱われてきました。この難題に、水と熱だけで挑む研究機関が香港にあります。今年20周年を迎えた HKRITA(香港紡織及成衣研發中心)です。今回は、その代表的な技術と、日本ともつながりのある最新の動きをご紹介します。
混紡生地を分ける「グリーン・マシン」
HKRITAは2006年、香港政府の資金援助を受けて設立された公的研究機関です。香港理工大学(PolyU)を拠点とし、繊維・アパレル分野の応用研究や技術移転を行っています。数ある研究のなかでも特に注目されているのが、「グリーン・マシン(Green Machine)」と呼ばれるリサイクル技術です。
綿とポリエステルの混紡生地は、繊維がしっかり絡み合っているため、これまで質を落とさずに分離することがほぼ不可能とされていました。グリーン・マシンは、水・熱・圧力と少量の環境に優しい薬剤だけを使う「水熱処理」という方法で、この壁を乗り越えました。綿の部分はセルロースパウダーに分解され、ポリエステルは繊維の質をほとんど損なわずに取り出されます。
実験室から工場へ。最新の「4.0」へ
この技術は年々改良が重ねられ、最新版「グリーン・マシン4.0」では、ポリエステルを98%以上という非常に高い純度で回収できるようになりました。
そして、2026年6月25日、HKRITAはスペインのデニム加工技術大手Jeanologia、そして米国のリサイクル専門企業Looptworksと、三社協定(MoU)を結びました。Jeanologiaが欧州基準に対応した工業用機械を提供し、Looptworksが原料の調達・展開を担うことで、これまで実験段階にとどまっていた技術を、いよいよ商業規模で社会に広げていく体制が整ったのです。この提携は、研究主導のイノベーションから、産業界の支援を受けた実践的で拡張可能な展開への決定的な転換を示すものです。
「循環型経済はもはや遠い目標ではありません。今、ここにあるのです」とHKRITAのCEOであるジェイク・コー氏は語っています。
H&M財団と歩んだ「独占しない」開発の道
グリーン・マシンの開発を長年支えてきたのが、スウェーデンのファストファッション大手H&Mの非営利財団「H&M Foundation」です。2016年に始まった「Recycling Revolution」プログラムを経て、2020年からはより大きな枠組み「Planet First」プログラムへと発展し、両者の協力関係は10年以上続いています。
この共同開発でもっとも印象的なのは技術の使い方です。HKRITAとH&M財団は、開発した技術の特許を独占せず、コスト価格でライセンスを開放する方針をとっています。すでにインドネシアの大手繊維メーカーKahatexやトルコのデニムメーカーISKOなどが導入し、2020年にはブランドMonkiがこの技術でつくられた生地を使ったコレクションを発売しました。業界全体でリサイクルを進めるためには、一社の利益より仕組みの共有を優先する。この姿勢が、サステナブル化のスピードを大きく後押ししています。
MEMO
グリーン・マシンの水熱分離法は、信州大学繊維学部の研究チームとの共同研究から生まれました。開発の初期段階を支えたのは、日本の大学の技術だったのです。
参考:H&M Foundation公式サイト
自分で温度調整する「着るロボット」
HKRITAはリサイクル技術だけでなく、着る人の状態に合わせて変化するウェアラブル素材の開発にも力を入れています。香港理工大学と共同開発した「iAdapt(インテリジェント・ソフト・ロボティック衣服)」は、布地の中に柔らかいロボット構造を組み込み、膨らんだりしぼんだりする動きによって、暑さや寒さ、運動量に応じて自律的に保温性や通気性を調整する衣服です。この着る人の体の状態を感じ取り、暑さや寒さ、運動の負荷に応じて調整する仕組みは、まるでSFのようですが、すでに市場に届く段階まで実用化が進んでいます。
この開発が評価され、2026年4月に発表された国際的なイノベーション賞「エジソン賞(Edison Awards)」の「スマート&アダプティブ・テキスタイル」部門で金賞(ゴールドウィナー)を受賞しました。消防士や屋外作業者、冬季競技のアスリートなど、厚みのある機能服を気温の変わる環境で長時間着用する人たちへの活用が想定されています。
スマートテキスタイル市場は2025年時点で約89億ドル規模ですが、2035年には2000億ドルを超える規模へ成長すると見込まれています。年平均37%という驚異的な成長率です。
日本の技術ともつながっている
意外に思われるかもしれませんが、HKRITAの研究は日本の企業や大学とも深くつながっています。先ほど触れた信州大学との共同研究のほかにも、日本の繊維メーカーであるダイワボウレーヨンとは、グリーン・マシンで生まれたセルロースパウダーをビスコース繊維に再生する共同トライアルを行い、成果を上げています。さらにセイコーエプソンとの共同開発では、廃棄された綿の生地から絹のようなつやを持つ再生セルロース繊維を生み出す新しい製法も発表されています。
こうした事例からもわかるように、HKRITAの技術は特定の一社や一国だけのものではなく、世界中の企業や大学と手を取り合いながら育っていく「開かれた研究」というスタイルを大切にしているのが特徴です。日本の紡績・染色技術との相性の良さも、今後さらに注目されていくかもしれません。
おわりに
「分けられない」と言われてきた混紡生地を、水と熱だけで分ける技術。特許を独占せず世界に開くという姿勢。そして、着る人の体調に応じて変化する未来の衣服。HKRITAが20年かけて積み重ねてきたものは、私たちが日々ハサミを入れている生地一枚一枚の背景にある、地道で息の長い研究の積み重ねなのだと感じます。手芸を楽しむ私たちにとっても、こうした「生地の裏側」を知ることは、素材への愛着をより深くしてくれるはずです。
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