海外の男性手芸愛好家たちの昔と今

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「手芸男子」なんていう言葉があること自体が、まだまだ手芸は女性のものであるという意識の表れかもしれません

針を持つ男たち — 海外の男性手芸愛好家たちのいま

オリンピックのプールサイドで編み物をする金メダリスト。ライブ会場でニット帽をかぶったポップスター。SNSで自作の服を披露するプログラマー。ここ数年、海外ではそんな光景が珍しくなくなってきました。手芸や裁縫、刺繍は「女性の趣味」というイメージが強かったけれど、実はずっと昔から、男性もまた針を持ち続けてきた歴史があります。今回は、海外における男性手芸家たちの歴史と現在、そして男女でクラフトへの向き合い方にどんな違いがあるのかを探ってみます。


「女性の趣味」になったのは、ほんの200年前のこと

中世ヨーロッパでは、刺繍や縫製はギルド(職人組合)で男女ともに担う専門的な仕事でした。英国が誇るオーパス・アングリカヌム(Opus Anglicanum)と呼ばれる絢爛な金糸・銀糸の刺繍も、男女両方の職人の手によるものです。刺繍が芸術として最高に評価されていた時代、それは「女性のもの」ではありませんでした。

状況が変わるのは16世紀以降。刺繍の経済的・文化的な価値が下がり始め、家庭内の「女性的な手仕事」として位置づけられていきます。18〜19世紀になると、裁縫は「良妻賢母の証明」として少女たちに教え込まれるものとなり、男性との関連はほぼ歴史から消されていきました。

中世から、男性も女性もギルドの工房や修道院で刺繍を行っていた。刺繍が主要な芸術形式とみなされていた時代のことだ。しかし16世紀以降、その文化的・経済的価値は低下し始め、家庭内で女性が担う手仕事へと変わっていった。


Fashion Foreword「From Manbroidery to Sew Bros」(2021)

それでも、男性たちは縫い続けていた

19世紀、女性専用とされていた手芸の場でも、男性の存在は消えていません。大西洋を渡る船乗りたちは航海中、愛する家族へのプレゼントとして刺繍を手がけていました。超男性的な職業である船乗りであることが、針仕事の「女性っぽさ」を打ち消す役割を果たしていた、と研究者たちは指摘しています。第一次世界大戦後には、負傷した兵士たちのリハビリとして刺繍が取り入れられ、俳優のアーネスト・テシジャーが傷病兵に十字刺繍を教えた記録も残っています。

また、バイロン卿、チャールズ・ディケンズ、ハンス・クリスチャン・アンデルセンといった著名人も、スクラップスクリーン(印刷物を切り貼りしたデコパージュ工芸)に熱中していたことが史料で確認されています。「男性はものを作り、女性は消費する」という二項対立は、歴史的には必ずしも正確ではないのです。

2021年に刊行されたジョセフ・マクブリンの著作『Queering the Subversive Stitch: Men and the Culture of Needlework』(Bloomsbury)は、男性の針仕事の文化史をまとめた初めての本として注目を集めました。中世から現代まで、無名の職人、船乗り、兵士、囚人、そしてアーティストたちが手芸を通じて感情・アイデンティティ・歴史を語ってきた事実を掘り起こしています。

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パンデミックが変えた — 「ソーブロ」と「マンブロイダラー」の台頭

2020年、コロナ禍のロックダウンが世界を変えました。ミシンの売上がジョン・ルイスで127%増、Googleでの「ミシン」検索数は米国で4倍に急増。その波の中で目立ったのが、若い男性たちの参入でした。彼らは「ソーブロ(Sew Bro)」と呼ばれ、Reddit の /r/sewing や Instagram に自作の服をどんどん投稿するようになったのです。

自分で作った服を初めて着たとき、まるで魔法みたいだった。それ以来、やめられない。


Simanjuntak(男性ソーイング愛好家)、Rise of the Sew Bro (2020)

ソーイングより少し前から注目されていたのが「マンブロイダリー(Manbroidery)」——男性による刺繍——の動き。英国のジェイミー・チャーマーズは「Mr. X Stitch」というオンラインプラットフォームを立ち上げ、2012年からサブページ「Manbroidery」で男性刺繍家へのインタビューを続けています。2014年にはTEDxに登壇し、「私の名前はMr. X Stitch、私はマンブロイダラーです」と宣言。会場に静かな笑いが起きたエピソードは、当時の社会的な違和感を如実に物語っています。

トム・デイリーとハリー・スタイルズ — セレブがSNSを動かした

男性の手芸をめぐるSNSの空気を大きく変えたのは、二人の英国人スターでした。

まず2020年、ハリー・スタイルズがNBCの番組に着用したJWアンダーソンのレインボーニットカーディガンがTikTokで爆発的に拡散。デザイナーのジョナサン・アンダーソン自身がパターンをInstagramで無料公開し、翌年8月時点でハッシュタグ #HarryStylesCardigan は7680万ビューを記録しました。

続いて2021年の東京オリンピック。英国の飛び込み選手トム・デイリーが、競技の合間にプールサイドで編み物をしている写真が世界中に拡散しました。金メダルを獲得したデイリーが仕上げたのは、チームGBのロゴや日の丸、そして「TOKYO(東京)」の文字が入った白いカーディガン。彼のニット専用Instagramアカウント @madewithlovebytomdaley のフォロワーは急増し、「ニットされた」「クロシェ」アイテムへの検索数はLystのプラットフォームで計89%増加しました。デイリーはその後、チャリティのためにニット作品を販売し、脳腫瘍支援団体へ6000ポンド以上を集めています。

ソーイングが好きだと言うと、冗談だと思われるか、男がなぜ縫うのかと驚かれる。


Thabo Sabao(男性ソーイング愛好家)、Fashion Foreword (2021)

それでも、スペースはまだ女性が中心

SNSから手芸サークル、Etsyのようなクラフトマーケットまで、手芸の場は依然として女性中心です。男性が编み物や刺繍をすると、まだ笑いの対象になることもあると研究者のジョセフ・マクブリンは指摘しています。ジェンダー平等が語られる時代でも、針を持つ男性への視線にはダブルスタンダードが残っています。しかしその「壁」が、少しずつ動き始めているのもたしかです。

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男性と女性で、手芸への向き合い方は違うのか?

「男性と女性では、クラフトへのアプローチが違う」という観察は、研究者たちの間でも語られています。あくまで傾向の話であり、個人差が大きい分野ですが、いくつかの興味深いパターンが浮かび上がってきます。

動機と目的意識の違い

研究者のテッパー(2000年)によれば、米国において繊維工芸に参加する男性は全体の4.6%、女性は44%。女性にとって手芸は長らく、創造性・人間関係・ポジティブな感情という三つの軸で日常の豊かさをつくる活動として機能してきました(Ferrares, 2018)。慢性疾患や喪失体験のなかで癒しを求める手段としても研究されています。

一方、男性が手芸を始める動機としてよく挙げられるのが「ファストファッションへの批判意識」「自分だけのものを作りたいという達成感」「セラピーとしての効果を求めて」といった実用的・哲学的な出発点。前述のRedditユーザー、メヘディ・サリは「縫製に6〜8時間かけてみると、服の価値が本当にわかる。3.50ポンドで服が作れるはずがない、と」と話しています。

作品の傾向 — テーマとスケール

女性の手芸作品には、長い歴史の中で「生活と感情の記録」という側面が蓄積されています。サンプラー(刺繍の練習布)が後世に個人の人生を伝える唯一の文書となることもあった、と歴史家たちは指摘します。フェミニズム運動との接続も深く、ジュディ・シカゴの『ディナー・パーティ』(1979年)やトレイシー・エミンの刺繍テントのように、「女性の場所」を政治的メッセージへと変える試みが続いてきました。

男性作家の作品は、より「アート」「ポップカルチャー」「政治的アイコン」を取り込む傾向があると指摘されることがあります。Mr. X Stitchが手がけた「Obey」は、シェパード・フェアリーのストリートアートを刺繍で再現したもの。写真家ジョージ・プラット・ライネスは抽象的な男性ヌードをクッションカバーに刺繍しました。1970年代の「ニードルポイントブーム」では、元フットボール選手のロジー・グリアーが『Needlepoint for Men』を執筆するなど、いかにも「男性的」な文脈で手芸を語り直す動きもありました。

刺繍はかつて、男性や女性、非二元の人々が仕事と個人の人生の中で担ってきた。ハイファッションの装飾刺繍は長年、主に男性デザイナーによるものだった——誰が刺繍するか、何のための刺繍かによって、その価値の評価まで変わっていたのだ。


Krista McCracken「Embroidery as Record and Resistance」Contingent Magazine (2019)

SNSでの発信スタイル

InstagramやTikTokで手芸コンテンツを発信する男性は、完成品よりも「制作プロセスのドラマ」を見せる傾向があります。トム・デイリーがTikTokでカーディガンの全制作過程を公開したのも、その典型です。また、スポーツ・テクノロジー・アウトドアといった「伝統的に男性的」とされる分野と手芸を掛け合わせた発信も目立ちます。「エンジニアが毛糸で編む」「元ラグビー選手の刺繍」のように、自分のアイデンティティと手芸の意外な組み合わせを逆手に取って発信するのです。

女性クラフターの発信は、コミュニティとの繋がりや、使用した布・糸の情報共有、日常との接続(食卓・インテリア・季節感)など、「暮らしに溶け込む手芸」のトーンが強い傾向があります。もちろんこれも一般論で、個人のスタイルによって大きく異なります。

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針は、だれのものでもない

歴史を振り返れば、針と糸は最初から特定の性別のものではありませんでした。それがジェンダー化されたのは、ほんの200〜300年のことに過ぎません。そしてパンデミック・SNS・ジェンダー意識の変化という波の中で、その「常識」が少しずつ崩れ始めています。

男性と女性で手芸への向き合い方に傾向の違いがあるとしても、それは生まれつきの差というより、社会的な文脈や歴史的な経緯によって形成されてきたものです。手芸には性別関係なく、制作の喜び、集中の時間、自己表現の場としての価値があります。

プールサイドで編み物をする金メダリストが世界中に愛された理由は、きっとそこにあるのではないでしょうか。針を持つことは、人間的な営みそのものなのだと、あらためて気づかされます。

刺繍は「意味のある刻印を残す行為」として理解される。針と糸で、私たちは世界を作り、また作り直す。


Maureen Daly Goggin「Needlework and Identity」Winterthur Portfolio (2025)

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