80年の歴史に幕。オーストラリアの手芸店「リンクラフト」全店閉店のニュースから考えたこと
オーストラリアとニュージーランドで80年以上にわたって手芸ファンに愛されてきたチェーン店「リンクラフト(Lincraft)」が、残るすべての実店舗を閉鎖するというニュースが届きました。1938年にメルボルンの市場の屋台から始まったこのお店は、生地、毛糸、手芸道具、パターンなどを扱う、いわば「オーストラリアのユザワヤ」のような存在だったといえるかもしれません。今回は、このニュースの背景と、海外の手芸ファンたちの反応をご紹介しながら、実店舗が持つ意味について少し考えてみたいと思います。
何が起きているのか
日豪プレスの報道によると、手芸用品や布地を扱う大手チェーン「リンクラフト」の運営会社は、今後数カ月をかけて、東部州を中心に残る実店舗をすべて閉鎖すると表明しました。対象となる従業員は約300人にのぼるとみられています。一方で、オンライン販売は今後も継続される予定です。
海外メディアの報道を見てみると、ピーク時にはオーストラリアとニュージーランドで60店舗以上を展開していたリンクラフトですが、2026年初めにはすでに31店舗まで減少していたとのことです。閉店の理由としては、消費者の購買行動の変化、運営コストの上昇、そして低価格の海外オンライン業者との競争激化などが挙げられています。
会社からのメッセージ
会員向けに送られたメールの中で、リンクラフト社は今回の決定についてこう述べています。
“Today, we are sharing news that is both difficult and deeply emotional for everyone at Lincraft.”
(今日お伝えするのは、リンクラフトの全員にとって、つらく、深く心を揺さぶられるニュースです。)
リンクラフトのジョン・マグワイア会長も、今回の決定を「会社の歴史の中でも最も難しい決断のひとつ」と語ったと報じられています。店舗は一斉に閉まるのではなく、今後数カ月かけて段階的に閉鎖されていく予定で、その間もオンラインでの購入は可能とのことです。
80年間、リンクラフトが担ってきた役割
1938年、メルボルンの市場の小さな屋台から始まったリンクラフトは、やがてオーストラリアとニュージーランド全土で、生地、毛糸、手芸用品、ホームウェアを扱う代表的なお店へと成長しました。学校の課題、最初のミシン、手作りのクリスマスプレゼント、赤ちゃんのブランケット、チャリティ用の編み物、衣装作りの「あと一個ボタンが足りない」緊急事態……何世代にもわたるオーストラリア人の創作活動を支えてきた存在だったといえます。
リンクラフト社自身も、会員向けのメッセージの中で、お店が果たしてきた役割についてこう振り返っています。
“For generations, Lincraft has been more than just a store. It has been a place where ideas came to life, where families learned to sew and knit together, where projects were started, gifts were lovingly handmade, and lifelong creative passions were nurtured.”
(何世代にもわたって、リンクラフトはただのお店ではありませんでした。アイデアが形になり、家族が一緒に裁縫や編み物を学び、プロジェクトが始まり、心を込めた手作りのギフトが生まれ、生涯にわたる創作への情熱が育まれてきた場所だったのです。)
実は、リンクラフトの店舗数はここ数年でじわじわと減ってきていました。2024年ごろから地方の店舗を中心に閉店が進んでいたものの、今回はついに「すべての実店舗」が対象になったというのが、これまでとの大きな違いです。長年の常連客にとっては、単なる一企業のニュースというより、思い出の場所が消えていくような感覚に近いのかもしれません。

海外の手芸コミュニティの声
このニュースに対して、海外の手芸系メディアやブログでも、惜しむ声が数多く上がっています。手芸専門メディア「Craft Gossip」は、リンクラフトの客層をユーモラかつ的確にこう表現しました。
“For generations of sewists, quilters, knitters, crocheters, school-project parents, last-minute costume makers and ‘I only came in for one zipper’ shoppers, Lincraft has been part of the creative landscape.”
(何世代にもわたるソーイング愛好家、キルター、編み物・かぎ針編みをする人、学校の課題に追われる親、衣装作りの土壇場の駆け込み客、そして「ファスナーひとつだけ買いに来たはずなのに」という人々にとって、リンクラフトは創作活動を取り巻く風景の一部だったのです。)
同メディアはさらに、実店舗で生地や毛糸を選ぶという体験そのものについても、こんな指摘をしています。
“Quilters like to see how prints sit beside each other. Sewists want to check the drape of a fabric. Knitters and crocheters want to squish the yarn.”
(キルターは柄同士の組み合わせを実際に見比べたいもの。ソーイングをする人は生地の落ち感を確かめたい。編み物やかぎ針編みをする人は、毛糸を実際に手で触ってみたいのです。)
生地の色や質感、毛糸の手触りは、写真や説明文だけではどうしても伝わりきらない部分があります。オンラインショッピングがどれだけ便利になっても、「実際に触れて選ぶ」という体験を完全に置き換えることはできない、という声は、ファブリックを扱う当店としても深く頷ける指摘です。
また、地元メディア「Allora!」の報道では、リンクラフト社からのメッセージとして、長年の顧客への感謝の言葉が紹介されていました。
“We understand that Lincraft holds a special place in the hearts of many customers, and we know this news will be disappointing for those who have shared our love of creativity, crafting, sewing, knitting and home projects.”
(リンクラフトが多くのお客様にとって特別な存在であることを、私たちは理解しています。創作活動や手芸、ソーイング、編み物、ホームプロジェクトへの愛を共有してくださった皆様にとって、今回のニュースが残念なものであることも分かっています。)
Craft Gossipの記事は、最後にこんな少しユーモラスな一文で締められていました。きっと、似たような気持ちになった手芸ファンも多かったのではないでしょうか。
“And somewhere, in craft rooms across Australia and New Zealand, there are probably quite a few of us looking at our fabric stash and thinking, ‘Well… maybe I should go and get one last metre.'”
(そして今、オーストラリアとニュージーランドのあちこちの手芸部屋で、きっと何人もの人が自分の生地のストックを眺めながら「うーん……最後にもう1メートルだけ買いに行こうかな」と考えているはずです。)
実店舗が消えていく…
リンクラフトの今回のニュースは、決してオーストラリアだけの出来事ではありません。日本でも、長年地域の手芸ファンを支えてきた生地店や手芸店が静かに姿を消していくケースは少なくありません。ネット通販の普及、海外の低価格競争、運営コストの上昇という構図は、国境を越えて共通しているように感じます。
リンクラフトはオンラインでの営業を継続するとのことなので、すべてが失われるわけではありません。それでも、80年という時間をかけて積み重ねられてきた「実店舗での出会い」が少しずつ姿を消していくという事実は、布や手芸に関わるすべての人にとって、考えさせられるニュースだったのではないでしょうか。
リンクラフトの店舗は今後数カ月にわたって段階的に閉鎖される予定で、すべての店舗が一度に閉まるわけではありません。オーストラリアのニュースではありますが、現地に縁のある方は最新の閉店スケジュールについて公式サイトでの案内をご確認ください。
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