シルクの夢から生まれた繊維 — レーヨンの歴史と魅力をひもとく
洋服のタグをふと眺めると、「レーヨン」という文字が目に入ることがあります。シルクのような光沢、さらりとした肌触り、そして流れるような美しいドレープ。レーヨンはそんな魅力を持ちながらも、生まれたのは19世紀のヨーロッパ、「誰もがシルクを纏える日を」という夢からでした。世界で最初に生まれた人工繊維であるレーヨンの歴史と素材の特性を、ていねいにひもといていきます。
シルクへの憧れが生んだ、世界最初の人工繊維
レーヨンの歴史は、19世紀後半のヨーロッパに始まります。当時のシルクは「貴族のもの」と言っても過言でなく、一般の人々が手にすることはほとんどできないほど高価な存在でした。その美しさを誰の手にも届けたいという思いから、人工的なシルクの開発が始まったのです。
シャルドネとパリ万博 — 光り輝く繊維の誕生
1855年、フランスの化学者イレール・ド・シャルドネがニトロセルロースを用いた繊維で「レーヨン」として特許を取得しました。1878年から人造繊維の研究に着手し、細い孔から押し出すと瞬く間に溶媒が蒸発し、光沢ある細い繊維が生まれるというものでした。1889年のパリ万国博覧会に出品されると「光るもの」として評判を呼び、「Ray(光線)」を語源とするレーヨンという名が広まったとされています。
明治17年にフランス人シャルドネによって発明されたレーヨンは、日本にも明治30年代半ばには輸入されていたが、その製造方法は機密とされた。
ただし、この最初のレーヨンには深刻な欠点がありました。ニトロセルロースを原料とするため、きわめて燃えやすく、ドレスを着た人が舞台で火だるまになるという悲惨な事故も起きたといいます。そのため第一次世界大戦前には生産が中止され、より安全な素材の開発へと向かいました。
ビスコース法の登場と世界への広がり
1892年、イギリスのクロスとビーバンがより安全で実用的な「ビスコース法」を発明し特許を取得。木材パルプを薬品で溶かし、ふたたび繊維として再生させるこの方法が、現在もレーヨン生産の主流となっています。こうして生まれたビスコースレーヨンは、量産性に優れた素材として世界中に広まっていきました。また同時期に、1901年にはドイツで銅アンモニアレーヨン(キュプラ)の実用化も進んでいます。
日本でのレーヨン産業 — 米沢から世界一へ
日本でのビスコースレーヨン製造の幕開けは、1915年(大正4年)のこと。久村清太と秦逸三が山形県米沢市に工場を建設したのが始まりです。その後、帝国人造絹糸株式会社(現・帝人)をはじめ多くの会社が切磋琢磨し、1938年(昭和13年)には日本のレーヨン生産量は世界第一位にまで成長しました。東レ(旧・東洋レーヨン)、クラレ(旧・倉敷レイヨン)など、現在も活躍する企業の名にその歴史が刻まれています。
木から生まれる繊維 — 素材と製法のしくみ
レーヨンは「再生繊維」と呼ばれる素材です。石油から作るポリエステルやナイロンといった合成繊維とは異なり、植物由来のセルロース(木材パルプ)を原料とし、薬品処理でいったん溶かしたあとに繊維として再生させて作られます。主な原料は松・トウヒ・ツガなどの木材パルプや、コットンリンター(綿の種まわりの短い繊維)です。
レーヨンの種類を知っておこう
「レーヨン」はひとつの素材ではなく、製法や原料によっていくつかの種類に分かれています。それぞれの特徴を簡単にまとめてみました。
ビスコースレーヨン(一般的なレーヨン)
最もポピュラーなレーヨン。木材パルプをビスコース法で溶解・再生したもので、「レーヨン」といえばほぼこれを指します。美しい光沢と優れたドレープ性が魅力。
モダール
ブナの木を原料とした再生繊維。通常のレーヨンより水に濡れたときの強度が高く、水洗いできる衣類もあります。レーヨンの弱点を改良した素材として知られています。
リヨセル / テンセル
ユーカリの木材パルプを直接溶解する製法で作られる繊維。濡れた状態での強度がレーヨンよりさらに優れており、環境負荷が低い製法としても注目されています。テンセルはオーストリアのレンチング社の登録商標です。
キュプラ
綿花のくず(コットンリンター)を銅アンモニア溶液で溶かして作られる再生繊維。「ベンベルグ」という名で旭化成が製造しており、高級感のある肌触りで裏地などに多く使われます。
レーヨンは生分解性に優れており、再生可能な木材を原料として生産されるため、自然界では微生物の作用により生分解します。
レーヨンの魅力 — なぜこんなにも愛されるのか
シルクに宿る光沢と、さらりとした肌触り
レーヨン最大の魅力は、なんといってもシルクのような上質な光沢感と、なめらかな肌触りです。繊維加工の過程で長いフィラメント糸として生成されるため、絹糸と同じような艶が生まれます。「レーヨン」という名前そのものが「Ray(光線)」に由来しているほど、その輝きは製造当初から人々を魅了してきました。静電気が起きにくく、肌にまとわりつかない快適さも嬉しいポイントです。
吸湿・放湿性に優れ、一年を通して活躍
レーヨンの公定水分率は11%。ポリエステルなどの合成繊維と比べてはるかに高く、シルクと同等の吸湿性を持ちます。汗をかいてもすぐに吸収して湿気を放出してくれるため、夏の衣類に最適なのはもちろん、汗をかきやすい冬物衣料の裏地にも多く使われています。また触れたときのひんやりとした感触は、コットンよりも熱伝導率が大きいことによるもので、着心地の清涼感につながっています。
美しいドレープが生む、女性らしいシルエット
レーヨン生地は柔らかくしなやかで、自重でしっかりと落ちるドレープ性に優れています。ワンピース、スカート、とろみ感のあるゆったりしたブラウスなど、繊細で女性らしいシルエットを作り出すのが得意です。シルクのような見た目を手ごろな価格で楽しめる点も、ファッション素材として長く支持され続けている理由のひとつといえます。
知っておきたいデリケートな一面と、上手なお手入れ
魅力が多いレーヨンですが、その繊細な性質ゆえに注意が必要な点もいくつかあります。正しく知ることで、大切な一枚を長く楽しむことができます。
水に弱く、縮みやすい
レーヨン最大の弱点は「水に弱い」こと。原料が木材パルプ(紙と同じ)であるため、水分を吸い込むと繊維が膨らみ、乾いたときに元の形に戻りきれず縮んでしまうことがあります。これを「膨潤収縮」と呼びます。雨や汗で濡れただけでシミになる場合もあるため、取り扱いには注意が必要です。また水に濡れると強度が大きく下がる性質もあります。
水分を吸い込むことによって、繊維が太くなり、太くなった分だけ縮んでしまいます。極端な例ですが、レーヨンと同じ木材パルプを原料とする紙製品が水に濡れた場合、元の形や風合いに復元することが困難なことにも似ています。
お手入れのポイント
洗濯はドライクリーニングか手洗いで
洗濯表示を必ず確認しましょう。多くのレーヨン製品はドライクリーニング推奨です。自宅で洗う場合は短時間の手洗いで、中性洗剤(おしゃれ着用)を使います。
アイロンは低〜中温のドライで
熱にも弱いため、必ず洗濯表示を確認して低温〜中温(80〜160℃)に設定。スチームアイロンは水気で生地を傷めるため使用厳禁です。当て布をして優しくかけましょう。
着用後は吊り干しで乾燥を
一日着た後の湿気をそのままにしておくとシワや縮みの原因に。着用後はハンガーに吊るして風通しの良い場所で乾燥させてください。
雨の日はなるべく避けて
雨に濡れるだけでシミになることがあります。天気予報を確認し、雨の日のお出かけにはなるべく別の素材を選ぶのが安心です。
ファッションから暮らしへ — レーヨンの幅広い用途
レーヨンは衣料品だけでなく、私たちの暮らしのさまざまな場面で活躍しています。
衣料・ファッション分野
ブラウス、ワンピース、スカート、アロハシャツ、スカーフ、裏地など、ドレープや光沢が活きるアイテムに広く使われています。夏の涼しげなカットソーや、上品な光沢のブラウスに「レーヨン」の表示があることは珍しくありません。ポリエステルや綿との混紡も多く、それぞれの短所を補い合った素材として流通しています。
インテリア・寝装品
カーテン、シーツ、タオルなどの寝装・インテリア用品にも用いられます。1955年には、より強度と耐久性を高めた高湿潤モジュラス(HWM)レーヨンが開発され、シーツやタオルへの応用が広がりました。吸湿性と柔らかな肌触りが、就寝時の快適さを高めてくれます。
衛生材料・産業用途
高い吸水性と生分解性を活かし、医療用ガーゼ、ウェットティッシュ、化粧落としシートなどの衛生材料にも幅広く使われています。また、繊維のpHが5〜6の弱酸性域にあり、一般的に「肌にやさしい」素材としても評価されています。
まとめ — 繊維の歴史を纏う、という体験
19世紀のヨーロッパで「シルクの夢」として生まれたレーヨンは、170年以上の時を経た今もなお、世界中で愛用されています。光沢、ドレープ、吸湿性という三拍子揃った魅力の一方で、水への弱さというデリケートな面もあわせ持つ、個性ある繊維です。その繊細さを理解し、ていねいに扱うことで、レーヨンの美しさはより長く楽しめます。
お気に入りのレーヨン生地でお仕立てした一着は、その手触りのたびに、木から光へと変わった繊維の旅を思わせてくれるかもしれません。
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