北米の布づくりはどこへ向かうのか?関税と貿易協定

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生地がどんな道を通って手元に届くのかを少しだけ想像してみると布の見え方が変わってくるかもしれません

関税と協定のはざまで、北米の布づくりはどこへ向かうのか

布の産地というと、ヨーロッパやアジアを思い浮かべる方が多いかもしれません。けれどいま、北米では関税と貿易協定をめぐる大きな動きのなかで、糸や生地がつくられ、運ばれ、売られていく道すじそのものが描き直されています。

USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の見直し、カナダのメーカーによるヨーロッパ市場への挑戦、そしてアメリカ・ノースカロライナ州で続く次世代テキスタイルの研究。三つの動きをたどりながら、遠い国のニュースが、私たちの手にする一枚の布とどこかでつながっている様子を眺めてみましょう。

※本記事は2026年9月28日時点で確認できた情報をもとにしています。関税をめぐる状況は日々変わっているため、最新の内容は各出典でご確認ください。


01 USMCAと関税:いま北米で起きていること

更新されなかったUSMCAと、初めて使われた「第338条」

USMCAは、アメリカ・メキシコ・カナダの三か国が結ぶ貿易協定です。2026年7月の共同見直しで、カナダとメキシコは協定の更新を望むと表明しましたが、アメリカは更新に応じませんでした。米国議会調査局(CRS)の整理によると、協定が更新されなければ2036年に失効する仕組みです。協定そのものは、いまも有効なままです(CRS「USMCA joint review process」)。

そこへ大きな波が重なりました。2026年7月20日、アメリカは1930年関税法の第338条にもとづき、カナダ産の特定品目へ最大50%の追加関税を課す3つの布告を出しました。法律事務所の解説によれば、この条文が関税のために使われるのは大統領として初めてのことです(White & Case)。しかもこの関税は、USMCAの原産地ルールを満たした製品でも免除されないとされています(Holland & Knight)。

対象には、糸、織物、不織布、衣料品、カーペットなど、繊維に関わる品目が数多く含まれました。当初の発効日は8月19日でしたが、直前に3日間の停止が入り、協議がまとまらないまま8月22日に発効しています(Specialty Fabrics Review)。その後、カナダ側も9月8日から約276億カナダドル分の米国産品に15〜50%の対抗関税をかけ、アメリカは9月15日に対象品目の範囲を見直し、9月29日からは一部のカナダ産品の輸入禁止も予定されています(CFIB)。

“a significant reduction in the customer base for US textile companies”

(アメリカの繊維企業にとって、顧客基盤が大きく減ってしまう)


— FashionUnited(カナダ衣料連盟のボブ・カーク氏の発言として引用)

この言葉が示すとおり、影響は国境の片側だけにとどまりません。同記事によると、カナダは合成繊維・糸・生地を年間およそ10億米ドル分、アメリカの供給企業から買っています。カナダの縫製が止まれば、アメリカの紡績や織物の工場にも注文の減少が返ってくる、という構図です。三十年ほどかけて育ってきた北米の分業は、それだけ細かく絡み合っていたのだと気づかされます。

メキシコは、少し違う場所に立っている

同じ見直しの場でも、メキシコとの関係はカナダとは温度が異なります。9月上旬の整理では、米墨の協議は前へ進み、米加の協議のほうが対立の色が濃いとされていました(Prince Manufacturing)。米国通商代表部も、9月に第4回の二国間協議を開くと発表しています(Fibre2Fashion)。

USMCAの衣料品には、「ヤーン・フォワード」と呼ばれる原産地ルールがあります。糸の紡績から生地づくり、裁断、縫製までを、すべて域内で行った製品だけが無関税の対象になるという考え方です(One Aim Apparel)。この「糸から」というルールがあるからこそ、北米では糸や生地の産地までさかのぼった供給網が育ってきました。協定の行方は、縫製工場だけでなく、生地や糸をつくる現場の未来にも関わっているのです。

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02 カナダのメーカーが、ヨーロッパへ目を向ける理由

「いつかは」が「いま」になった

アメリカ向けの関税が重くなるなか、カナダの繊維関連メーカーの間では、市場の分散が現実的な課題になっています。業界誌Specialty Fabrics Reviewの特集では、カナダの多くの企業がEU市場へ進出したり、その可能性を探ったりしていると紹介されました。一方で、輸送コストの高さや、規制対応に時間がかかることも課題として挙げられています(Specialty Fabrics Review)。

“the tariff war simply brought the deadline forward”

(関税戦争が、期限を前倒しにしただけだ)


— Specialty Fabrics Review(モントリオールのAdfast Grommeting社、ラシャンス社長の発言)

ハトメ(グロメット)などの副資材を手がける同社の社長は、市場を広げておくことはもともと良い経営の基本で、今回の関税がその期限を早めたのだと語っています。うれしいのは、これが慌てた方向転換というより、以前から描いていた次の一歩を早めたものとして語られている点かもしれません。

長く「使い切れていなかった」協定、CETA

カナダとEUの間には、2017年から暫定的に適用されている包括的経済貿易協定(CETA)があります。カナダ政府の貿易情報サイトによれば、EU側の関税品目のうち99%で関税が撤廃されています(Trade Commissioner Service)。繊維・衣料も、ほとんどの品目が無関税の対象です。

2026年4月には、モントリオールで開かれた「プルミエール・ヴィジョン・モントリオール」で、カナダ衣料連盟(CAF)と欧州繊維・衣料連盟(EURATEX)が共同声明を発表しました。サプライチェーンのつながりを強め、規制面の連携やサステナビリティの取り組みを進めるための枠組みです。声明は、協定発効から年月がたっても、この分野の二地域間の貿易は可能性に比べて控えめだと指摘しています(Vainqueur)。

“modest relative to its potential”

(潜在的な可能性に比べれば、控えめな水準にとどまっている)


— Vainqueur(CAFとEURATEXの共同声明の記述として紹介)

ファッション業界向けの報道でも、カナダの輸出企業が国内消費者への販売に軸足を移しつつ、CETAを活用してEUへの衣料輸出を広げようとしている様子が伝えられています(FashionUnited)。関税が「壁」になったことで、これまで眠っていた道が改めて見つめ直されている、といえそうです。

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03 ノースカロライナで進む、次世代テキスタイルの研究

1,600万ドルの継続支援が決まった「テキスタイル・イノベーション・エンジン」

関税のニュースが続くなか、アメリカ国内では、繊維の「つくる力」そのものを育てる投資も動いています。2026年7月14日、全米科学財団(NSF)は「NSF Textile Innovation Engine of North Carolina」に対し、1,600万ドルの助成の更新を発表しました。今後3年間で最大4,500万ドルまで拡大する可能性があります(NC State News)。

PROFILE

NSF Textile Innovation Engine of North Carolina
2024年に始まった、非営利団体The Industrial Commonsが率いる研究・産業支援の取り組み。繊維製造の後押し、サプライチェーンの強化、次世代テキスタイル技術の開発を目的とし、ノースカロライナ州中西部から、サウスカロライナ州北部、テネシー州東部、バージニア州南部にまたがる地域を対象にしています。
リンク:NC State News

古い制服から糸へ、布くずから3Dプリンターの原料へ

ノースカロライナ州立大学ウィルソン繊維学部の研究者たちは、このエンジンのもとで19のプロジェクトを率いています。使い終えた軍服を新しい糸や生地に変える研究や、綿の繊維くずを3Dプリンター用のバイオ由来の原料に変える研究などです。ほかにも、傷の治癒を助ける素材や、シートベルトや荷締めベルトが限界まで引っ張られていないかを知らせる埋め込み型センサーの研究が挙げられています。スタートアップと組み、研究成果を実用化へ近づける4つの橋渡しプロジェクトも進行中です(Ecotextile News)。

“connecting research to real-world production”

(研究を、実際の生産現場へつなぐこと)


— Specialty Fabrics Review(エンジンのCEO、アン・ワイパー氏が今後3年の重点として語った言葉)

同じ発言のなかでは、AIやロボティクスを製造の現場に生かすことと、世界と競える人材を育てることも、今後3年の柱として挙げられています。関税で国境の条件が揺れても、「何をつくれるか」「誰がつくるか」という足もとの力を育てておく。そうした長い目の投資が、同時に進んでいるのが印象的です。

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04 まとめ:一枚の布の向こう側にある地図

ここまで見てきた三つの動きを、あらためて並べてみます。

一つ目は、USMCAの更新見送りと第338条の関税によって、北米の分業が揺さぶられていること。二つ目は、その揺れを受けて、カナダのメーカーがCETAという既存の道を使い、ヨーロッパへ視野を広げていること。三つ目は、アメリカで、国内の製造力と先端素材の研究に腰を据えた投資が続いていること。守りの動きと、攻めの動きが、同じ時期に並んで進んでいます。

布を選ぶとき、私たちはつい柄や手ざわりに目を奪われがちです。けれど、その一枚がどんな道を通って手元に届くのかを少しだけ想像してみると布の見え方が変わってくるかもしれません。関税や協定の行方は、これからもしばらく動き続けそうです。今後も、布の背景にあるニュースを追いかけていきます。

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