世界の学校で「裁縫」は教えられているの? 各国のものづくり教育を覗いてみよう
日本では小学5〜6年生の家庭科で、なみ縫い・本返し縫い・ボタン付けを習いますね。手で針を動かす感覚、初めてミシンを踏んだときのドキドキ——そんな記憶を持っている方も多いのではないでしょうか。では、海外の学校ではどうなのでしょう。裁縫や布を扱う授業は、世界のどんな場所で、どんなかたちで行われているのか。各国の教育事情を探ってみました。
フィンランド ── 男女ともに「手芸」が必修科目
教育先進国として世界に知られるフィンランドは、手工芸(käsityö/カーシトゥオ)の教育においても独自の哲学を持っています。この科目は19世紀後半から基礎教育の正規科目として位置づけられており、小学1年生から中学7年生まで、すべての子どもに必修とされています。
“Crafts has been one of the subjects in compulsory general education throughout its history, since the mid-1800s. Comprehensive school pupils, both current and former, study crafts while completing their compulsory education.”
(日本語訳)「手工芸は19世紀半ば以来、義務教育の正規科目であり続けています。フィンランドの子どもたちは、義務教育を通じてこの科目を学びます。」
かつては「女子の手芸」と「男子の技術工作」が分かれていましたが、2016年のカリキュラム改訂により、縫製・編み物・刺繍・ウィービングなどのテキスタイルワークと、木工・金属・電子工作などのテクニカルワークが「共通の手工芸」として一本化されました。つまり、男の子も女の子も同じ教室で針を持ち、布と向き合う時間を持つことになったのです。
「つくる全プロセス」を学ぶという考え方
フィンランドのカリキュラムが重視するのは「総合的な手工芸プロセス(holistic craft process)」。アイデアを出す→デザインする→つくる→ふりかえる、というすべての段階に自分が関わることで、単なる「手作業の練習」を超えた思考力・表現力を育てるという哲学があります。学校の訪問記録にも、フィンランドの教室には「テキスタイルアートと裁縫、木工のための専用スペース」が標準的に備わっていることが報告されています。
イギリス ── 「デザイン&テクノロジー」の中に組み込まれたテキスタイル
イギリスでは、かつて「家庭科(Home Economics)」や「裁縫(Needlework)」として独立していた授業が、現在は「デザイン&テクノロジー(Design and Technology / D&T)」という科目の中に統合されています。
“Across KS1 to KS3, sewing is part of design and technology. All pupils should experience it through the wider remit of textiles — the understanding of where fibres originate and how fabrics are made is fundamental to successful sewing.”
(日本語訳)「小学1年生から中学3年生(KS1〜KS3)まで、縫製はデザイン&テクノロジーの一部です。テキスタイルという広い視点——繊維の産地や布の製造工程の理解——は、裁縫を学ぶ上で欠かせない基礎です。」
— Teachwire「Sew what? – Why textiles lessons need to be brought into the 21st Century」
小学校から始まる布との出会い
イングランドの小学校では、D&Tのカリキュラムが「調理(cook)」「縫製(sew)」「制作(build)」の3領域に分かれており、布と糸を使ったテキスタイルワークは低学年から段階的に経験します。刺繍、アップリケ、ウィービング、そしてミシンの使い方へと、学年が上がるごとに技術が積み上がる設計です。
中学校(中等学校)では「テキスタイルズ」として、ファッション産業の環境問題や素材の知識も含めた幅広い内容が扱われます。ただし、実際には学校によってテキスタイルに割く授業時間の差が大きく、予算削減によって機材の更新が追いつかないなどの課題も報告されています。
アメリカ ── かつての「ホームエコノミクス」は今どこへ?
アメリカでは20世紀前半を通じて、調理・裁縫・家計管理などを扱う「ホームエコノミクス(家庭科)」の授業が広く普及していました。しかし1970〜80年代以降、女性の社会進出による価値観の変化、STEMへの教育投資の集中、予算削減が重なり、この科目は急速に学校から姿を消していきました。
“Fast-forward to 2024, and only 25% of U.S. high schools offer dedicated Home Ec courses, according to a National Center for Education Statistics survey.”
(日本語訳)「2024年、全米教育統計センターの調査によると、専用のホームエコノミクス授業を持つ高校は全体の25%にすぎません。」
現在、裁縫を含む実生活のスキルは「ファミリー&コンシューマーサイエンス(FACS)」という名称で再編成され、一部の州や地区では選択科目として残っています。テキサスやルーラル(農村部)地区では比較的残存率が高い一方、ニューヨーク、マサチューセッツなどの都市部では急速に姿を消しています。カリフォルニアやオレゴンでは、独立した授業ではなく他科目のなかに生活スキルを組み込む「現代化アプローチ」が広がっています。
復活の兆しも
一方で、「生きるためのスキル」を学校教育に取り戻したいという声も高まっています。「Life Skills Lab」「Adulting 101」といった親しみやすいネーミングで、裁縫・料理・お金の管理を学ぶ授業を復活させる学校も現れ始めています。ホームスクール家庭では裁縫を積極的にカリキュラムに取り込む動きも根強く残っています。
カナダ・スウェーデン・スコットランド ── それぞれのかたち
カナダ:小学校では原則なし、高校で選択
カナダでは、小学校(K〜6年)および中学校(K〜8年)段階ではホームエコノミクスは原則教えられていません。高校(セカンダリスクール)において、「ファミリースタディーズ」「食と栄養」「健康と安全」などの関連科目を選択として履修できる体制になっています。
スウェーデン:「ホーム&コンシューマースタディ」として必修
スウェーデンでは「ホーム&コンシューマースタディ(hem- och konsumentkunskap)」が中学から高校まで公私立問わず必修とされています。2011年のカリキュラム改革後は、健康・経済・環境への意識がより前面に出るようになりましたが、料理や実生活のスキルは引き続き中核をなしています。フィンランドと同様、北欧全体に「slöjd(スロイド)」と呼ばれる手工芸教育の伝統があり、スカンジナビア諸国では手芸・木工が学校科目として特別な地位を持っています。
スコットランド:中学でテキスタイルとミシンを学ぶ
スコットランドでは中学1〜2年(S1・S2)のホームエコノミクスの授業に「テキスタイルテクノロジー」という単元があり、ミシンの基本操作、ピンの打ち方、タッキング(仮縫い)、刺繍、アップリケなどを学びます。実際にクッションやソフトトイを制作する実習もあり、料理実習と並ぶ授業の柱となっています。スコットランドは実はヨーロッパにおいて女子への裁縫教育を正式に推進した先駆的な地域でもあり、1852年には女性の裁縫教育を促進する女性協会が設立された歴史があります。
まとめ ── 「布を学ぶ」ということ
各国の事情を並べてみると、裁縫・テキスタイル教育の置かれ方は実に様々です。
フィンランド・スウェーデンなど北欧諸国は、手工芸を「人として生きる上での基礎的なリテラシー」と捉え、男女を問わず国家カリキュラムに組み込んでいます。イギリスは「デザイン&テクノロジー」という実践的な文脈でテキスタイルを位置づけ、物を設計してつくる力を育てます。対してアメリカでは裁縫を含む家庭科が急激に縮小し、一部の地域では今や「失われた授業」になりつつあります。そしてカナダでは、学校教育としての裁縫はほぼ存在せず、家庭や課外活動で補われるのが現状です。
日本の家庭科における裁縫は、小学生が「自分の手で布を形にする」最初の体験として、世界的に見てもしっかり守られている授業のひとつだと感じます。ファストファッションが環境問題として議論されるいま、布を知り、布と付き合う力は、子どもたちにとってますます大切な素養になっていくでしょう。
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