生地の「ミミ」を知っていますか?
布の端に刻まれた、小さな物語。
布を広げたとき、両端にある少し固めの細い帯に気づいたことはありますか?
「ミミ(耳)」、英語では Selvedge(セルビッジ) と呼ばれるその部分。裁縫のたびに切り落とし、捨ててしまっている方も多いかもしれません。でも実は、このミミには生地の歴史、織り手の技術、そしてさりげないメッセージが詰まっています。
今回は、じっくりと「ミミ」の世界をのぞいてみましょう。
「ミミ」とは何か ―― self-edge という名の自己完結
セルビッジという言葉は、英語の self-edge(自己の端)に由来します。この言葉は16世紀から使われており、織り上がりと同時に生まれる、追加の仕上げを必要としない「自己完結した端」を意味します。つまりミミは、縫い付けなくても、テープを貼らなくても、織物であること自体がほつれを防ぐように設計された、自然の産物なのです。
仕組みはシンプルです。横糸(緯糸)が生地の端まで来ると、折り返して反対方向へ向かいます。その「折り返し」が積み重なることで、端がしっかりと固定された丈夫なミミが生まれます。
“A selvage is the self-edge of a fabric formed by the filling yarn when it turns to go back across the fabric.”
― Hollen, Saddler & Langford(繊維工学のスタンダードテキスト)より。Wikipedia “Selvage” にも収録。
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シャトル織機 vs. 現代の織機 ―― ミミが語る製法の違い
ミミの見た目と質感は、どの織機で織られたかによって大きく変わります。大きく分けると、昔ながらの「シャトル織機」と、現代の高速「シャトルレス織機」の2種類があります。
01 シャトル織機のミミ ―― ふっくら、丈夫、本物の「折り返し」
シャトル(杼)と呼ばれる舟形の道具で横糸を通す、歴史ある製法です。横糸を一本ずつ端まで通して折り返すため、糸が途切れることなく連続します。これが「有芯ミミ」と呼ばれる、厚みのあるしっかりしたミミをつくります。
シャトル織機は生地幅が約28〜32インチと狭く、一度の通し作業に時間がかかります。そのため大量生産の時代には非効率とされ、多くの工場で廃棄されました。しかし、その丁寧さと密度が生む生地は唯一無二です。
日本とセルビッジの意外な縁
第二次世界大戦後、アメリカで廃れたセルビッジ生産の技術を救ったのは日本でした。かつて着物を織るために使われていた幅70cmの旧型シャトル織機を活用し、日本のファブリックメーカーたちがセルビッジデニムの製造を復活させたのです。「大阪ファイブ」と呼ばれるブランド群(EvisuやStudio D’Artisanなど)がその潮流をけん引し、デニムをまるで芸術品のように扱いました。その精神は今も日本の産地に脈々と受け継がれています。
02 シャトルレス織機のミミ ―― カットミミと「タックイン」
現代の主流は、レピア織機やエアジェット織機などのシャトルレス織機です。横糸を一本ずつカットして織るため、端を放置するとフリンジ状になります。これを「カットミミ」と呼びます。
「タックインミミ」は、カットした糸の端を機械的に内側に折り込んで仕上げたもの。フリンジが飛び出さず、整った見た目が特徴です。生産効率は高い一方、シャトル織機ならではのふっくらとした密度感は生まれません。
ミミに書かれたもの ―― 「耳文字」という名の生地の身分証
ミミを眺めてみると、ブランド名、原産国、素材名などの文字が印刷されていることがあります。これを「耳文字(みみもじ)」またはセルビッジ・プリントと呼びます。
特に注目したいのが、色の丸印(カラードット)です。これらの点は、その生地に使われている色の数を示しており、印刷工程において色がずれていないか(版ズレ)を確認するためのものです。プロが目視で品質をチェックするための、実用的な印なのです。
NOTE
ヨーロッパではウールのブロードクロスや軍服に、アジアではシルクのショールやリボンに、アメリカでは帆布や寝具のチッキング(ticking)にセルビッジが使われてきました。その意味は一貫していました ―― セルビッジは「丁寧さの証し」だったのです。
世界のつくり手はミミをどう使っているか
海外のソーイングコミュニティでは、ミミを「捨てるもの」ではなく「使うもの」として扱う文化が広まっています。
キルターたちはミミをコレクションし、バッグや家のインテリア、クロス、さらにはキルトへと仕立て直しています。ミミプロジェクトは端材の再利用というエコな視点からも注目されています。その理由のひとつが、ミミの最大の特長 ―― ほつれないこと。端の処理をしなくていいのは、クリエイターにとっては大きな自由です。
Pinterest では「Selvage Quilts」のボードがジャンルとして確立されており、ミミだけで作られたキルト、ポーチ、鉛筆ケース、ピンクッションなど、世界中のつくり手の作品が集まっています。ミミを使ったハンドメイドは、もはやひとつの創作ジャンルといえるでしょう。
“I have a particular fondness for them and have been compulsively saving them since I started sewing.”
― Fabric Thinking(ファブリックと思考を結びつけるブログより)。「ミミを集めずにはいられない」という告白が、多くの共感を呼んだ記事。
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「Selvedge」という名の雑誌の話
「セルビッジ」はいまや固有名詞にもなっています。イギリスを拠点に2003年に創刊された Selvedge Magazine は、その名を冠したテキスタイル専門誌です。
隔月発行・100ページ構成のこの雑誌は、インテリア・ファッション・アート・クラフト・旅行など、テキスタイルにまつわるあらゆるテーマを取り上げます。創刊から20年以上が経ち、世界で最も影響力のあるテキスタイル誌のひとつとなりました。
同誌は「テキスタイルを通して世界を見る」という視点を大切にしながら、歴史・政治・美学にわたる幅広いテキスタイルの物語を届けています。ワークショップや展覧会ツアーも主催しており、雑誌を超えたコミュニティになっています。雑誌の名前が「ミミ」であるのは、偶然ではないでしょう ―― 布の端から世界が広がるように、この雑誌もテキスタイルの細部から豊かな世界を紡ぎます。
ミミを使うときの注意点
ミミは丈夫である一方、本体の生地よりも織り密度が高く、洗濯や水通しの際に本体とは違う収縮の仕方をすることがあります。
POINT
ミミを作品のデザイン(バインディングや裾など)に取り入れる場合は、あらかじめ水通しをして収縮を落ち着かせておくことが重要です。また、ミミの部分は本体よりも厚みがあることが多く、縫い合わせる際にミシンが通りにくい場合もあります。ミシンの針やスピードを調整して、丁寧に扱ってあげましょう。
おわりに ―― 端に宿るもの
ミミは生地の端、ほんの数センチの細い帯です。でも、その中には製造者の名前、生産された国、使われた色の数、そして何百年もの織りの技術の記憶が詰まっています。
セルビッジがほとんどのテキスタイルから姿を消したとき、その喪失はすぐには目に見えませんでした。服は変わらず縫えましたし、布は相変わらず使えました。しかし仕立て職人や裁縫師、コレクターたちにとって、その不在ははっきりとわかるものでした。ミミは、布が意図をもって作られたことの静かな証明だったのです。
次に生地を広げるとき、ぜひミミをじっくり眺めてみてください。そこに印刷された文字、色のドット、少しだけ厚みのある手触り ―― それは生地が旅してきた道のりの、小さな地図かもしれません。
jumble shop one では、厳選した海外ファブリックを取り揃えています。
ひとつひとつの生地の個性を、ぜひ手に取って感じてみてください。
