2026年上半期、繊維・生地業界の倒産動向 ― 円安と物価高がじわじわと生地メーカーを追い詰めている
お気に入りの生地屋さんや、長年通っていた手芸店が、ある日突然お店を閉じてしまう。そんな話を耳にすることが、この数年で少しずつ増えたように感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。実は2026年上半期(1〜6月)の全国繊維業者の倒産統計を見ると、件数そのものはわずかに減っているものの、業界の体力そのものは決して回復していないことがわかります。今回は、繊維業界を専門に調査している信用交換所や東京商工リサーチのデータをもとに、この半年間に何が起きていたのかを整理してみたいと思います。
01|倒産件数はわずかに減少。でも「回復」ではない
繊維業界を専門に調査する信用交換所の集計によると、2026年上半期(1〜6月)の全国繊維業者の倒産は163件で、前年同期に比べて5.8%減少しました。負債総額も390億9,000万円と、前年同期より13.8%少なくなっています。負債50億円を超えるような大型倒産は今回はなく、統計の数字だけを見れば「件数減・負債減」という、一見落ち着いた結果です。
ただし、この数字だけを見て「業界が持ち直した」と判断するのは早計だと、業界紙も指摘しています。倒産の原因別では、急激な経営破綻ではなく、長く赤字が続いた末に力尽きる「業績ジリ貧」型が153件と、実に全体の93.9%を占めました。業種別では、消費者に近い「小売商」が64件(38.7%)、メーカーや商社の下請け色が強い「紳士・婦人・子供・被服製造卸」が40件(24.5%)と、生地・服づくりの川上から川下まで、幅広い層で静かに体力を奪われている構図が浮かび上がります。
大型破綻が目立たないまま、地域の縫製工場や中小の衣料小売が少しずつ姿を消していく――そんな「静かな淘汰」が進行中だと、業界メディアは分析しています。
02|今期、話題になった具体的な倒産事例
和紙繊維の「キュアテックス」(東京・世田谷/負債約32億円)
2007年創業のキュアテックスは、植物由来の和紙糸「キュアテックスヤーン」を使ったストールや寝具、キッチン雑貨などを手がけていた会社です。JAXAの宇宙飛行士用靴下に採用された実績もあり、環境配慮素材として業界からも注目されていました。2019年9月期には年商約11億7,100万円を計上していたものの、コロナ禍以降は販売が低迷し続け、2025年9月期の売上高は約1億円まで落ち込みました。2025年4月には債権回収会社との訴訟をきっかけに信用が低下し、資金繰りが限界に達したことから、2026年5月15日に東京地裁で破産手続きの開始決定を受けています。
老舗テキスタイルメーカー「ドッグ繊維」(和歌山市/負債約25億円)
1950年創業のドッグ繊維は、婦人服・ニットウエアのOEM製造を国内3工場で手がけてきた老舗です。関連会社とグループを形成し、2006年8月期には年商10億円を超える規模にまで拡大していました。しかし近年は海外製の低価格な生地・製品との競争が激しくなり、価格転嫁も追いつかず業績が悪化。金融機関の支援を受けながら再建を模索したもののスポンサーの確保に至らず、2026年1月15日に和歌山地裁で破産手続きの開始決定を受けました。
黒字なのに資金が尽きた「カフカ」(名古屋市中村区/負債約60億円)
2005年設立のカフカは、アパレルメーカーから受注したレディーススーツやコート、子供服などを企画・デザインし、中国やフィリピンの協力工場に製造を委託する形で事業を展開していました。2025年4月期には過去最高となる年商約66億4,600万円を計上し、近年の業績も黒字で推移していたといいます。ところが、事業拡大にともなう在庫保有の負担と、仕入れ・外注費の支払いが先行する構造が資金繰りを圧迫。改善のめどが立たないまま2026年5月29日に事業を停止し、2026年7月21日に名古屋地裁で破産手続きの開始決定を受けました。負債総額は債権者約110名に対して約60億円にのぼります。利益が出ていても手元資金が尽きてしまう「黒字倒産」の典型例として、業界に大きな衝撃を与えました。
創業130年のニット産地を象徴する「南沢テキスタイル」(新潟県五泉市)
少し時期をさかのぼりますが、日本有数のニット産地として知られる新潟県五泉市でも、産地の厳しさを象徴する出来事がありました。1896年創業の南沢テキスタイルは、大手アパレルを得意先にセーターやカーディガンなど婦人向け高価格帯ニット製品を手がけてきた老舗メーカーで、1989年2月期には約48億円を売り上げるほどの有力ニッターでした。しかし、需要の変化や安価な海外製品との競合、OEM発注量の減少が重なり、2025年2月期の売上高は約3億3,000万円まで縮小。慢性的な債務超過から抜け出せず、2025年7月31日に新潟地裁で破産手続きの開始決定を受けています。2026年ではなく2025年の出来事ではありますが、地域の産地そのものが直面している構造的な課題を映し出す事例として、今なお業界でよく引き合いに出されています。
国内の「縫う場所」そのものが減っている
2026年4月には、山形県で肌着の縫製を手がけていた企業が破産手続きの開始決定を受けました。報道では、取引先の大手メーカーが海外生産へシフトしたことが行き詰まりの引き金になったとされています。受注元が海外へ移れば、国内の工場は仕事そのものを失ってしまいます。人手不足や高齢化、設備投資の負担も重なり、小ロット生産や短納期対応を支えてきた国内の縫製基盤は、静かに縮小を続けているのが現状です。
03|なぜ今、生地・アパレル業界がここまで苦しいのか
背景にあるのは、歴史的な円安による輸入生地・資材コストの上昇と、人件費・物流費の高騰です。多くの企業が価格改定を進めてはいるものの、消費者の節約志向は根強く、値上げをすればするほど販売数量が落ち込むという構図が続いています。経済産業省の2026年5月商業動態統計でも、小売業全体の販売額が前年同月比5.3%増となる一方で、織物・衣服・身の回り品小売業だけは0.7%減とマイナスでした。生活必需品の値上がりが続くなか、衣料品や手芸材料のような「買い替えを先送りできるもの」から、消費者の財布のひもが締められている様子がうかがえます。
仕入れコストが上がっても、それを最終価格に十分転嫁できない。転嫁できても今度は売れなくなる。この板挟みが、生地の製造・卸から、縫製、そして小売まで、業界のあらゆる段階の企業の首をじわじわと絞めているのが2026年現在の実情です。個人経営の生地店や手芸教室のような小規模事業者にとっては、資材の高騰と実店舗離れという二重の逆風が重なっている状況とも言えるでしょう。
まとめ|数字の裏側にある、ものづくりの現場
倒産件数の減少だけを見ると、業界が落ち着きを取り戻したように思えるかもしれません。しかし実際には、体力の弱った企業がすでに多く市場から退出し、残った企業も採算の合う仕事を選ばざるを得なくなっている、という見方もできます。和紙糸のような独自素材で評価されていた企業も、老舗の婦人服メーカーも、地域の縫製工場も、それぞれ違う形で同じ構造的な逆風にさらされていました。私たちが何気なく手に取る一枚の生地の向こうには、こうした厳しい経営環境の中で踏ん張り続けている、たくさんの作り手たちがいることを、あらためて感じさせられる半年間でした。
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