EUの新プロジェクト「MELANGE」――色づけを“最初の工程”へ移す試み
布に色をつける工程はたいてい最後にやってきます。織り上げた生地を染め、どの部分も同じ色になるよう整える。それが長いあいだの当たり前でした。
そこへ2026年、ヨーロッパで「色を、繊維の段階で決めてしまおう」という研究プロジェクトが動き出しました。名前は「MELANGE(メランジェ)」。テキスタイルの世界では、異なる色の繊維を混ぜて紡いだ、杢調の糸を指す言葉です。この記事では、大学や業界団体の公式発表、専門メディアの報道をもとにプロジェクトの中身を整理してみます。
MELANGEプロジェクトの概要
MELANGEは、EUの研究・イノベーション支援プログラム「ホライズン・ヨーロッパ(Horizon Europe)」の資金を受けた、一つの研究プロジェクトです。フィンランドのアアルト大学が主導し、7か国9つの組織が参加しています。顔ぶれは、大学、繊維メーカー、紡績・織布の工場、デザイン、政策提言、業界ネットワークと、繊維のバリューチェーン(原料から製品までの流れ)を広くカバーしています。
アアルト大学が2026年6月に発表した内容によると、総予算は約400万ユーロ(うちアアルト大学分が150万ユーロ)。業界メディアのTextile Todayは、ホライズン・ヨーロッパからの助成額を397万ユーロと伝えています。期間は2026年8月から2029年7月までです。参加団体の一つ、欧州繊維技術プラットフォーム(Textile ETP)は、8月28日にプロジェクトの開始を告知しました。
正式名称は「MELANGE – Transforming colouration practices in the interior textile industry by unlocking the power of design to drive sustainable competitiveness」。日本語にすると、「デザインの力を解き放ち、インテリアテキスタイル産業の着色手法を変革して、持続可能な競争力につなげる」といった意味合いです。
主な対象は「インテリア用テキスタイル」
このプロジェクトが焦点を当てているのは、洋服ではなく、椅子張りやカーテン、寝具といったインテリア用のファブリックです。インテリア用テキスタイルは世界の繊維生産のおよそ3分の1を占めるとされますが、サステナビリティの議論では見過ごされがちだと、プロジェクト側は指摘しています。
“two stepchildren of the textile sustainability transformation: interior textiles and colour management”
(日本語訳)繊維のサステナビリティ転換における、二つの“継子(ままこ)”――インテリア用テキスタイルと、色の管理
— Textile ETP事務局長 Lutz Walter氏のコメント(Textile ETP)
衣料やファッション、次世代繊維、リサイクルにばかり注目が集まるなかで、「色」と「インテリア」という見落とされてきた二つの領域に取り組む。Walter氏はそう位置づけています。
「繊維の段階で色をつける」とはどういうことか
従来のテキスタイル生産では、色は製造工程の終わりのほうでつけられてきました。均一な色を何度でも再現するためです。ただしその分、水とエネルギーと薬剤を多く使います。さらに、色をそろえるための試験染めややり直しで、材料や資源が無駄になりやすいことも課題とされています。
MELANGEが目指すのは、この色づけを工程の川上、つまり繊維の段階に移すことです。プロジェクトでは、スピンダイ、ドープダイ、ソリューションダイなどと呼ばれる方法(日本では「原着」「原液着色」と呼ばれることが多い技術です)を含む、環境負荷の低い着色技術を取り上げるとされています。
用語メモ:後染め・先染め・原着
後染め:織ったり編んだりした後の生地を染める方法。
先染め:糸などを先に染めてから、織る・編む方法。
原着:化学繊維をつくる際、糸になる前の原液(ポリマー)に顔料などを混ぜて、最初から色のついた繊維をつくる方法。
※上記は一般的な説明です。
専門メディアの解説では、合成繊維の場合、押し出して糸にする前のポリマーに顔料を加えることで、別工程としての湿式染色を省ける可能性があると説明されています。Sourcing Journalも、スピンダイは合成繊維を一段階で着色する方法だと紹介しています。
「水・薬剤を最大50%削減」は、あくまで目標値
プロジェクトは、従来の仕上げ段階での染色と比べて、水と薬剤の使用量を最大50%減らす道筋を示すことを掲げています。ただし、Textile Todayが指摘するとおり、この50%は現時点では「プロジェクトの目標」であり、すでに実証された成果ではありません。始まったばかりの研究ですので、数字は今後の検証を待つ必要があります。
背景として、Textile Todayは欧州環境機関(EEA)の推計を紹介しています。それによると、EUの家庭での繊維製品の消費には2022年時点で約60億立方メートルの水(ブルーウォーター)が必要で、その85%はヨーロッパの外、主にアジアで使われたといいます。
コットンなど天然繊維はどうなる?
今回確認できた資料の範囲では、原着(スピンダイ)は主に合成繊維の一段階着色法として説明されており、コットンなどの天然繊維への適用には触れられていませんでした。参加パートナーにはオーストリアの大手繊維メーカーLenzing(レンチング)社が含まれていますが、どの繊維を対象にどこまで研究するのかは、今後の発表で明らかになっていくはずです。
ムラを“欠点”から“個性”へ――プラートの知恵
MELANGEの面白さは、技術の話だけで終わらないところにあります。プロジェクトが問題にしているのは、繊維や糸、生地に「完璧な均一さ」を求める風潮そのものです。均一を追い求めるほど、やり直しで材料が無駄になり、色や質感にばらつきのあるリサイクル素材や天然素材は使いにくくなってしまう。それが循環型の布づくりを妨げている、という考え方です。
ヒントになっているのが、イタリア・トスカーナ地方のプラート地区に伝わる手法です。色のついたウールをリサイクルし、あらかじめ色のついた繊維を色調ごとに混ぜ合わせることで、染め直しをせずに使う。そこで生まれる色のゆらぎを、欠点ではなく味わいとして受け止める文化です。MELANGEはこの発想を、現代のインテリア用テキスタイルに広げようとしています。
“MELANGE – embrace variation”
(日本語訳)MELANGE――ばらつきを受け入れよう
— プロジェクトを率いるMaarit Salolainen教授が「これからのトレンドカラー」として掲げた言葉(Aalto University)
テキスタイルデザインの現場で30年以上、色見本の指定に向き合ってきたというSalolainen教授は、その経験から、色のばらつきを受け入れることをこれからのキーワードに据えました。技術が整っても、作り手や買い手が「少しの色ムラも個性のうち」と受け止めなければ、新しい布は市場に根づきません。プロジェクトでは、インテリアデザイナーや、ブランドのバイヤーといった意思決定者を巻き込みながら、色のゆらぎを商品のコレクションやデザインの工程にどう組み込めるかも探るとしています。
乗り越えたい四つの壁と、参加パートナー
プロジェクトは、変化を阻む壁を「デザイン・ロック(design locks)」という枠組みで整理し、次の四つに分けて取り組みます。美意識(aesthetics)、生産の慣行(production practices)、ビジネスモデル、そして政策です。具体的には、次のような作業が予定されています。
現在主流の着色の慣行と、伝統的な繊維段階の着色技法を分析する。繊維段階の着色を使った布を設計し、試作する。繊維から布までの新しい生産方法を試す。ビジネスモデルや美意識、企業間取引(B2B)のマーケティングを見直す。そして、変化に必要な業界標準や政策を提言する。最終的には、デザイン・美意識・生産・ビジネスモデルに関する指針「MELANGEフレームワーク」をまとめ、デザイナーや業界のリーダー、政策担当者が使えるようにするとしています。
参加パートナーは、アアルト大学(フィンランド)、繊維メーカーのLenzing(オーストリア)、紡績のKaracasu Tekstilと織布のVanelli Tekstil(いずれもトルコ)、VIA University College(デンマーク)、Textile ETPとOhana Public Affairs(ベルギー)、Next Technology Tecnotessile(イタリア)、インテリアデザイン会社のTriiije Architect(スロベニア)です。Textile ETPは広報や情報発信を担当し、成果をEU助成の繊維関連プロジェクトが集まる枠組み「ECOSYSTEX」にもつないでいきます。
PROFILE
MELANGE(EU Horizon Europe プロジェクト)
主導:アアルト大学(フィンランド)/参加:7か国9組織
期間:2026年8月~2029年7月
対象:インテリア用テキスタイルの繊維段階での着色
公式サイト:www.melange-design.eu
まとめ――色のゆらぎを、どう受け止めるか
MELANGEは、始まったばかりの研究プロジェクトです。水や薬剤を最大50%減らすという数字も、これから確かめられていく目標にすぎません。それでも、「色を最後につける」という当たり前を見直し、色のばらつきを許容する価値観ごと変えようとする視点はとても示唆に富んでいます。
布好きの方なら、同じ品番でもロットによって色がわずかに違ったり、杢調の糸がやわらかな表情を見せたりする場面に、心当たりがあるのではないでしょうか。完璧にそろった色だけが美しいわけではない。そんな感覚が、ものづくりの仕組みや、これからの布の選ばれ方にまで広がっていくのかもしれません。今後の成果の発表を、楽しみに見守りたいと思います。
参考資料
・Aalto University「Design at the start of the supply chain」(2026年6月16日):リンク
・Textile ETP「Textile ETP and partners launch MELANGE」(2026年8月28日):リンク
・Textile Today「EU’s MELANGE project puts fiber-stage coloration at the center of textile circularity」(2026年9月24日):リンク
・Sourcing Journal「A New EU Project Looks to Transform Textile Coloration」:リンク
・Ecotextile News「EU project targets low-impact textile colouration」:リンク
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