産地を「証明」できる綿だけが海を渡る時代へ ― 繊維の環境・トレーサビリティ基準、2026年秋の現在地
いま手元にある生地の綿は、どこの畑で育ったものでしょうか。手芸店の棚の前でそんなことを考えたことがある方はまだ少ないかもしれません。けれど海の向こうの繊維業界では、その問いに「書類と科学で答えられること」が、輸出のチケットになりつつあります。
9月下旬、EUでは環境表示に関する新しいルールが適用開始となりました。アジアや欧州の業界メディアでも、「サステナビリティ認証」と「トレーサビリティ(追跡可能性)」が市場参入の前提条件になっていくという論調が、いっそう目立っています。今回は、綿やリサイクル繊維といった原料の調達ルートの透明性という切り口から、いま何が起きているのかを整理してみます。
01 「なんとなくエコ」が通用しなくなった日
2026年9月27日、EUの「グリーン移行に向けた消費者のエンパワーメント指令」(EmpCo、指令2024/825)が適用開始となりました。Fibre2Fashionが伝えたOEKO-TEXの発表によると、この日から、サステナビリティ・ラベルは、第三者による検証を伴う認証制度に基づいたものでなければならなくなります。
この指令は、「環境にやさしい」といった漠然とした主張や、裏づけのないラベルを、消費者を惑わす商行為として禁じるものです。将来の環境性能をうたう場合も、第三者が検証・監視する実施計画がなければ、誤解を招くものとみなされます。
ECD bans sustainability labels that are not based on certification schemes.
(ECDは、認証制度に基づかないサステナビリティ・ラベルを禁止しています。)
ドイツはひと足先に、グリーン・クレーム指令は足踏み
EU加盟国の国内法化期限は2026年3月27日でした。ドイツでは不正競争防止法を改正し、曖昧または検証できない環境表示を明確に禁止していると、2026年2月のプレスリリースは伝えています。
一方で、環境主張の裏づけ方を細かく定める予定だった「グリーン・クレーム指令」は、2025年6月に欧州委員会が撤回の可能性に言及して以来、審議が止まったままです。それでもEmpCoの義務そのものは動き出しており、「認証があること」だけでなく「検証の仕組みが背後にあること」が問われる流れは変わりません。
02 綿の「出身地」を、書類と科学で確かめる
原料の調達ルートが最も厳しく見られているのは、やはり綿です。背景のひとつが、米国のウイグル強制労働防止法(UFLPA)。2022年6月に施行されたこの法律は、新疆ウイグル自治区で全部または一部が作られた品を強制労働によるものと推定し、輸入を禁じています。輸入代行事業者の解説によれば、この推定を覆すには、税関による留置から通常30日以内に、新疆産の綿を含まないことを「明白かつ説得力のある証拠」で示す必要があります。
ここで見られるのは、縫製工場の場所ではなく、原料の綿がどこで育ったかです。しかも、綿は第三国で混ざり合うことがあるため、書類だけでは足りず、同位体分析やDNAタグといった科学的な検証が使われるようになっています(Cotton Gins解説記事)。
EUも2027年12月に追随します
EUの強制労働製品禁止規則(規則2024/3015)は、2027年12月14日から適用されます。解説記事が整理する証拠の一覧は、サプライチェーンの地図、原料のトレーサビリティ記録、部材表、原産地証明書、供給元の施設名と位置情報など、まさに「追跡可能性の仕様書」のような内容です。
認証と追跡が「セット」になっていく
認証機関の側も動いています。スイスのOEKO-TEXは、2025/26年度の年次報告で、OEKO-TEXオーガニックコットンのサプライチェーン参加企業が20か国以上に広がり、認証された繊維の量が、綿繰り(ジニング)段階の数値で3,300万キログラムを超えたと発表しました。認証書の発行件数は前年比で200%以上増え、消費者向けの「MADE IN GREEN」ラベルへの需要も13%以上伸びたとのことです。取引のデジタル化ではTextileGenesisと提携し、トークン技術で事務負担を減らしているといいます。
Traceability is thus shifting from competitive advantage to a prerequisite for market access.
(トレーサビリティは、競争上の強みから、市場参入の前提条件へと移りつつあります。)
産地ごとの仕組みも育っています
アメリカ綿では、U.S. Cotton Trust Protocolが2026年産で234万エーカーの畑のデータを集めています。これは米国の綿作付面積985万エーカーの約4分の1にあたります(FashionUnited)。仕組みとしては、綿の梱ごとの固有番号を米国農務省のデータと照合し、検証された繊維1キログラムごとにデジタルのトークンを発行して、最終製品まで追いかけます(Cotton Gins)。
持続可能な綿のプログラムであるBetter Cottonも、2023年後半に従来の「マスバランス方式」から一歩進み、物理的なBetter Cottonを原産国まで遡れる仕組みを導入しました。畑まで遡ることを目指している、と担当者は述べています。
03 リサイクル繊維と、生地に付く「デジタルの身分証」
使い終わった後の責任も、売る側へ
リサイクル繊維の話は、EUの改正廃棄物枠組み指令(指令2025/1892)から見えてきます。衣類、靴、家庭用繊維の生産者に、収集・選別・リサイクルの費用を負担させる「拡大生産者責任(EPR)」が義務づけられ、加盟国は2027年6月までに国内法化し、2028年4月までに制度を整える必要があります(ERP Global)。
注目したいのは、環境負荷に応じて手数料を変える「エコ・モジュレーション」が認められ、新しい製品にリサイクル繊維を使うことを後押しする狙いも含まれている点です。EUでは年間約1,260万トンの繊維廃棄物が出る一方、世界では繊維が新しい繊維へ再生される割合は1%未満にとどまっています。リサイクル原料が「本当にリサイクル由来なのか」を証明する仕組みへの需要が、ここから高まっていくことになります。EU域外のブランドがオンラインでEU向けに販売する場合も対象になると、解説記事は指摘しています。
デジタル製品パスポート(DPP)は、まだ準備の段階
もうひとつの柱が、エコデザイン規則(ESPR)にもとづくデジタル製品パスポートです。製品の原産地、素材、環境への影響、サプライチェーンの経路といった情報を、デジタルで記録・共有する仕組みで(Tracextech)、繊維はその最初のグループに入っています。
ただし、繊維向けの詳細ルール(委任法)の採択は2027年ごろと見込まれ、そこから最低18か月の準備期間が置かれます。実際の義務化は早くても2028年以降で、遅れる可能性を指摘する分析もあります。データの最小単位は、1点ずつではなく製造ロット(バッチ)と整理されており(Fairly Made)、1点ごとの追跡は任意にとどまる見通しです。準備の時間はまだありますが、サプライヤーからのデータ収集には時間がかかるため、いまから備える動きが出ています。
PROFILE
Textile Exchange:繊維・素材分野の非営利団体。Global Recycled Standard、Organic Content Standard、Recycled Claim Standardなどの認証基準を運営し、認証素材の取引を追跡するプラットフォーム「Trackit」も提供しています。EUのDPPに関する専門家グループにも参加しています。
リンク:textileexchange.org
04 まとめ ファブリックを選ぶ私たちにとっての意味
ここまでの主な日程を、あらためて表にまとめます。制度の時期は今後変わる可能性がありますので、最新の公式情報もあわせてご確認ください。
| 時期 | 制度 | ポイント |
|---|---|---|
| 2022年6月〜 | 米国 UFLPA | 原料綿の原産地を輸入者が証明する |
| 2026年9月27日 | EU EmpCo | 認証に基づかないラベル・曖昧な環境表示を禁止 |
| 2027年6月/2028年4月 | EU 繊維EPR | 国内法化の期限/制度整備の期限 |
| 2027年12月14日 | EU 強制労働製品禁止規則 | サプライチェーンの追跡記録が求められる |
| 2027年ごろ〜 | EU ESPR(DPP) | 繊維の委任法を採択見込み、適用はその後最低18か月 |
こうした規則は、主にEUや米国の市場に製品を出す事業者を対象にしたものです。日本国内で生地を選び、縫う私たちが、直接の義務を負うことは多くありません。けれど、ミルや商社が輸出のために整えている「どの国の綿か」「オーガニックの認証はどこまで遡れるか」「リサイクル由来の裏づけはあるか」という記録は、少しずつ、手元の生地の情報にも届いていくはずです。
生地の魅力は、手ざわりや柄だけではなく、その背後にある畑や織り手の時間にもあります。表示の言葉の裏に、確かめられる仕組みがあるかどうか。これから生地を選ぶとき、そんな視点をひとつ持っておくのも素敵な楽しみ方かもしれません。
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