形状を記憶する生地とは?

Shop Manager
Shop Manager
普段何気なく袖を通しているシャツや身につけている下着にもさまざまなドラマが隠れています

「形状記憶」の正体を探る ― 温度で形が変わる、生地の不思議な科学

「形状記憶シャツ」という言葉、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。アイロンいらずで、洗濯してもシワになりにくい――そんなイメージをお持ちの方が多いと思います。でも実は、あの言葉が指しているものと、本当の意味での「形状記憶」の技術は、少し違うものだということをご存知でしたか。


「形状記憶シャツ」、その正体は?

紳士服売り場やワイシャツの通販サイトで見かける「形状記憶シャツ」。実はこの言葉、繊維メーカーの東洋紡が持つ登録商標なのです。つまり、東洋紡の生地を使った製品にしか、正式には使えない名前ということになります。

では、他のメーカーのノーアイロンシャツは何と呼ばれているのかというと、「形態安定シャツ」という言葉が広く使われています。こちらは特定の企業名ではなく、しわになりにくい加工全般を指す一般名称です。生地の段階で薬品や熱を使って防しわ性を高める「形態安定加工」と、縫製した後のシャツに薬品を吹きかけて仕上げる「形状記憶加工」とでは、加工のタイミングにも違いがあります。

「形状記憶」という言葉は東洋紡の登録商標であり、東洋紡の生地を使った商品にのみ使われる。

さらに面白いのは、この防しわ加工には「W&W性(ウォッシュ&ウェア性)」という日本産業規格(JIS)の等級があり、1.0級から5.0級までの5段階で防しわの度合いが数値化されているという点です。つまり同じ「形態安定」でも、実はグレードにかなり幅があるのです。シャツを選ぶとき、名前だけでなくこの等級を見てみると、思っていたより奥が深い世界が見えてきます。

—  —

熱をかけると、生地がひとりでに元の形に戻る

では、本当の意味での「形状記憶」とはどんな仕組みなのでしょうか。こちらは、シワを防ぐための加工とはまったく発想が異なります。ある温度で「この形」と一度覚え込ませた素材が、変形させられても、温度が再びその温度に達すると、まるで記憶を呼び起こすように元の形へ戻っていく――そんな性質を持つ特殊な金属や樹脂のことを指します。

始まりは、金属の合金だった

この不思議な性質が初めて見つかったのは、金属の世界でした。ニッケルとチタンを混ぜた合金で、アメリカの海軍の研究所での金属研究の中から生まれたと伝えられています。この合金には「ニチノール」という名前がつけられました。もともとは戦闘機の油圧パイプの継ぎ目など、軍事・工業分野で使われていたそうです。

最初はF-14戦闘機の油圧パイプのジョイントに使われたものである。

そして、繊維の世界へ

金属の次に登場したのが「形状記憶ポリマー」という樹脂の仲間です。こちらはフランスで生まれ、1984年に日本のメーカーによって実用化されたと言われています。金属よりも柔らかく軽く、コストも抑えられるため、繊維や生地への応用がぐっと現実的になりました。冷たいときは柔らかくしなやかで、体温くらいの温度に触れると、あらかじめプログラムされた形へじわりと戻っていく――そんな素材が生まれたのです。

ポイントは、「熱い状態で覚えさせた形」と「冷たい状態で変形させた形」の二つを、素材そのものが行き来できるということ。特別な糸を織り込んだり、樹脂を生地にコーティングしたりすることで、この性質を布に持たせることができます。1で紹介したシワ防止加工とは、まったく別の原理で「形が戻る」わけです。

—  —

ブラジャーのワイヤーから、未来の医療用の布まで

この形状記憶合金が、日本で意外な形で花開いたエピソードをご紹介します。舞台は、あるインナーウェアメーカーの研究所。担当者が新素材の勉強会でこの合金に出会い、「これ、ブラジャーのワイヤーに使えないか」とひらめいたことから開発が始まったそうです。1985年に完成したこの商品は、洗濯で伸びたり歪んだりしても、身につけて体温が伝わると、記憶していた元の形にすっと戻る――そんな画期的なワイヤーを搭載していました。

キャンペーンでの売上が60万枚という大ヒット商品である。


— All About「ブラジャーは記憶合金がお好き?」

硬くて冷たいイメージのある金属素材が、一番柔らかな下着の中にひっそりと入り込んでいる――そのギャップに、なんだかロマンを感じてしまいます。

この技術はその後も進化を続けています。香港理工大学には形状記憶繊維の研究だけを専門に扱う研究センターがあり、体温で圧迫具合が変わる医療用の弾性ストッキングや、温度に応じて通気性が変わるスポーツウェアなど、実用化に向けた研究が今も進められています。シワを防ぐための「形態安定」とは違い、こちらの「本物の形状記憶」は、むしろ「積極的に形を変える」ことで人の体をサポートする方向に育っているのが興味深いところです。

手芸好きの視点で見ると、この「形が二つの状態を行き来する」という発想は、実はニット編みのゴム編みや、テーラリングの地の目の考え方にも少し通じるものがあります。生地そのものが持つ性質を理解して活かすという意味では、最先端の科学も、昔ながらの手仕事も、案外近いところにあるのかもしれません。


まとめ

「形状記憶シャツ」という言葉一つとっても、その裏には登録商標や加工方法の違いがあり、さらにその奥には、金属や樹脂が本当に「形を記憶する」という驚きの科学が広がっていました。普段何気なく袖を通しているシャツや、身につけている下着にも、こんなドラマが隠れているのだと思うと、生地を見る目が少し変わってくるのではないでしょうか。

jumble shop oneでは、厳選した海外ファブリックを取り揃えています。

ショップへ

✦ 新着商品
読み込み中...
ショップで全商品を見る →