色の共通言語 ― PANTONE(パントーン)から、世界の色見本まで
「この生地、もう少し深みのある赤がいいな」——そう思ったとき、頭の中にある“赤”と、実際に届く生地の“赤”は、はたして同じ色でしょうか。人によって、モニターによって、光の当たり方によって、色の見え方はいくらでも変わってしまいます。この曖昧さに世界共通の物差しを与えたのが、PANTONE(パントーン)という存在です。今日は、PANTONEがどんな仕組みで色を定義しているのか、そしてPANTONE以外にも存在する“世界基準”の色見本、さらに生地業界での色管理の実情まで、少しずつひもといていきたいと思います。
PANTONE(パントーン)ってどんな存在?
PANTONEは、アメリカ・ニュージャージー州発祥の色管理システムです。もともとは1950年代、広告代理店が営んでいた小さな印刷会社が始まりでした。そこに化学の知識を持つ若手社員として入社したのが、ローレンス・ハーバートという人物。彼は会社の膨大な色見本を整理し、1963年に「誰が見ても同じ色を再現できる」仕組みとして体系化しました。これがPANTONE Matching System(パントーン・マッチング・システム、通称PMS)の始まりです。
PMSの発想はとてもシンプルです。ひとつひとつの色に固有の番号をつけ、その色を作るためのインクの配合レシピもあわせて公開する。そうすれば、世界中どこの印刷会社でも「PANTONE〇〇番」と伝えるだけで、ほぼ同じ色を再現できるというわけです。今では色の数は1万色を超え、印刷だけでなくファッション、インテリア、プラスチック製品など、色を扱うほぼすべての産業に広がっています。
生地の色は、紙の色とは違うルールで管理される
興味深いのは、PANTONEが印刷用の番号をそのまま生地に使えるわけではない、という点です。紙に乗ったインクと、繊維に染み込んだ染料とでは、同じ色番号でも見え方がまったく異なります。そこでPANTONEは1995年ごろから、コットンの布地見本を使った専用のカラーガイドを展開するようになりました。これが「TCX(綿布の見本)」や「TPX(紙の見本)」と呼ばれるシリーズで、ファッション・インテリア業界向けの色番号体系として、今もアパレルや寝具、生地の色指定に使われています。
“a symbol of calming influence in a frenetic society”
(日本語訳:慌ただしい社会の中で、心を落ち着かせる象徴として)
— PANTONEカラーインスティテュート エグゼクティブディレクター、リアトリス・アイズマン氏(CNNより)
これは、2026年の「今年の色」に選ばれた白「クラウド・ダンサー」についてのコメントです。PANTONEは1999年から毎年、その年の空気感を象徴する色をひとつ選び、ファッションやインテリア、プロダクトデザインの潮流に影響を与え続けています。生地の世界でも、この“今年の色”をきっかけにコレクションの配色を組み立てるブランドは少なくありません。
PANTONE以外にもある、世界基準の色見本たち
「色の世界共通言語」といえばPANTONEが真っ先に挙がりますが、実はほかにも国際的に使われている色見本の体系がいくつも存在します。
マンセル・カラーシステム(アメリカ)
1905年、アメリカの画家であり色彩研究者でもあったアルバート・マンセルが考案した、非常に古い歴史を持つ色の体系です。色相・明度・彩度という3つの要素で色を表現する方法で、今なお色彩教育や色彩管理の基礎として世界中で参照されています。PANTONEのように商品として色見本を売っているというより、「色を科学的に記述するための骨組み」として広く根付いている、という表現がしっくりくるかもしれません。
NCS ナチュラルカラーシステム(スウェーデン)
スウェーデン発祥で、「人間が色をどう知覚するか」という視点から作られた色体系です。スウェーデン、ノルウェー、スペインなどでは公的な色の標準規格として採用されており、建築やインテリアの分野で特によく使われています。PANTONEが商業的な色管理から広がったのに対し、NCSは色彩心理学の研究から生まれたという成り立ちの違いが興味深いところです。
SCOTDIC(スコットディック)— 生地業界のための色見本
生地業界の話をするなら、ぜひ知っておきたいのがSCOTDICです。これは日本の「繊維標準色(Standard Colour of Textile)」と、フランスの「国際色事典(Dictionnaire International de la Couleur)」という、日仏それぞれの色見本体系が統合されて生まれた、まさに生地専用の色見本。世界8,000社以上で採用されているといわれ、ポリエステルのつやのある生地、コットンポプリンのマットな生地、ウール糸と、素材ごとに異なる見本帳が用意されているのが特徴です。染色や織物の現場で「この色番号で染めてください」というやりとりが、国境を越えて成立する仕組みになっています。
日本にもある、独自の色見本「DIC」
実は日本にも、印刷・生地業界で圧倒的なシェアを持つ色見本があります。それがDIC株式会社(旧・大日本インキ化学工業)による「DICカラーガイド」。国内の印刷業界での採用率は9割にのぼるといわれ、企業ロゴの色指定などにもよく使われています。日本の伝統色やフランスの伝統色、中国の伝統色を集めたシリーズもあり、和の色彩文化を色番号として残しているという点でも、面白い存在です。
面白いのは、PANTONEとDICの間には、色を相互に変換するための公式な対応表が存在しない、ということ。それぞれが独自にインクを配合し、独自に色を体系化しているためです。同じ「青」でも、PANTONEで指定するかDICで指定するかによって、現場で再現される色は微妙に変わってくる。世界共通のはずの色にも、実は複数の“方言”があるというのは、なんだか布と同じで奥が深い話だと感じます。
色見本があるからこそ、遠くの生地にも安心して出会える
PANTONE、マンセル、NCS、SCOTDIC、DIC……名前も成り立ちもさまざまですが、どれも根っこにある願いは同じです。「離れた場所にいる誰かと、同じ色を正確に共有したい」。それは遠い国の工房で染められた生地が、画面越しに私たちのもとへ届くときにも、静かに働いている仕組みです。次にお気に入りの生地を選ぶとき、その色の向こう側に、こうした色の共通言語があることを、少しだけ思い出していただけたら嬉しく思います。
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