ダーニングマッシュルーム – きのこ形の修繕道具

Shop Manager
Shop Manager
生地をいたわりながら穴を繕うための工夫が詰まった道具です

穴のあいた靴下と、小さなきのこ形の道具 — ダーニングという修繕のかたち

お気に入りのニットの肘に、履き慣れた靴下のかかとに、ぽつんとあいた小さな穴。捨てるにはまだ早い、でも見なかったことにもしたくない。そんなときに手を貸してくれるのが「ダーニング」という修繕の技法です。特別な機械もいらず、道具はごくわずか。今日は、その道具ひとつひとつがどんな役割を担っているのか、そして道具の向こうにある小さな歴史を覗いてみたいと思います。


第一章|きのこ形の道具は、なぜ生まれたのか

ダーニングマッシュルームの原型は、19世紀からその前の時代にまで遡るといわれています。もともとは「ダーニングエッグ(darning egg)」と呼ばれる卵形の道具が主流で、つげ材やメープル、りんごの木など、手になじむ滑らかな木材が使われていました。イギリスやアメリカでは持ち手のついた形が好まれ、フランスでは村ごとに専属の木工職人がいて、花嫁への贈り物として卵形の道具を仕立てる習慣もあったのだとか。19世紀後半になると、色つきガラスや陶器、象牙、銀の持ち手をあしらった凝った作りのものまで登場し、単なる実用品を超えて、暮らしの中の小さな工芸品として愛されていたことがうかがえます。

卵形が「きのこ形」へと変化していったのは、持ち手(軸)を安定させ、なおかつ握りやすくするための工夫だったと考えられています。傘の丸みが生地にほどよい張りを与え、軸が握りの支点になる。これは実は理にかなった形で、現在でも世界各地の手芸店で、卵形とマッシュルーム形の両方が今なお販売され続けています。

ダーニングエッグは作業面が小さく、つま先などの細かい部分に向いている。一方、マッシュルーム形は作業面が広く、靴下のかかとや大きな衣類の繕いに適している。


Modern Mendingの解説より

つまり、卵形とマッシュルーム形はどちらが正解というものではなく、繕う場所によって向き不向きがあるということ。指先が入る靴下のつま先や手袋の指先には小ぶりな卵形が、かかとやセーターのひじのような広い面にはマッシュルーム形が扱いやすい、という住み分けなのですね。

→ダーニングマッシュルームを見る

—  —

第二章|道具ひとつひとつの、静かな仕事

ダーニングマッシュルームの役割は、単に「支える」ことだけではありません。傘の部分を生地の裏側からあてがうことで、穴のまわりの生地に自然な張りが生まれ、針が通りやすくなると同時に、縫い目の間隔が均一に整いやすくなります。生地をたるませたまま繕うと、仕上がりがつれたり、逆にきつすぎて生地を傷めたりしてしまうので、この「ちょうどよい張り」を作り出す役割は、実はとても大切なのです。

ダーニング針が一般的な縫い針より長く、針穴が大きく作られているのにも理由があります。ウール糸や刺繍糸のような太めの糸を通しやすくするためで、さらに先端がわずかに丸みを帯びていることで、ニットの編み目や織り糸の隙間を裂かずにすくいあげることができます。生地を「割る」のではなく「よける」ようにすくう。この小さな配慮が、繕った跡をきれいに、そして長持ちさせてくれます。ゴムリング(輪ゴム)は縁の下の力持ちで、マッシュルームに生地を固定し、作業中に生地がずれてよれるのを防いでくれる存在です。

「見せる修繕」という発想

近年、ダーニングは単なる「補修」から一歩進んで、繕った跡をあえて見せる「ビジブルメンディング(visible mending)」というムーブメントとして世界的に広がっています。この言葉を広めた人物のひとりが、オランダ出身でイギリスを拠点に活動する繕いの専門家、トム・ヴァン・デイネン(通称トム・オブ・ホランド)です。

“the beautiful darn worn as a badge of honour”
(美しい繕いの跡を、誇りの証として身にまとう)


Campaign For Wool

PROFILE

トム・オブ・ホランド(Tom van Deijnen)
オランダ出身、イギリス在住のテキスタイル作家。「ビジブルメンディング・プログラム」を立ち上げ、繕いのワークショップや修繕依頼を通じて、使い捨てのファッション文化に一石を投じ続けている。
参照:visiblemending.com

 

そしてこのムーブメントには、日本人デザイナーの存在も欠かせません。1989年にイギリスへ渡り、ニットデザインを学んだ野口光さんは、現在「日本におけるビジブルダーニングの第一人者」として知られ、著書『ダーニング Repair Make Mend』は日本発の修繕本として英語版も刊行されるほどの評価を得ています。イギリスで培った繕いの技術に、日本らしい繊細な糸選びの感性を重ね合わせた彼女の仕事は、まさに「輸入生地」を扱う私たちにとっても、遠い国の技術と日本の暮らしがどう響き合うかを教えてくれる存在です。

“Mending clothes is an act of looking after yourself and others.”
(衣類を繕うことは、自分自身と、そして他者をも気遣う行為である)


— Celia Pym(テキスタイルアーティスト), Hawthorn Press

—  —

第三章|糸選びは、小さな自己表現

補修用の糸に何を選ぶかは、ダーニングの中でもとりわけ楽しい工程です。ウール糸、刺繍糸、コットン糸——それぞれ風合いも光沢も異なり、選び方ひとつで仕上がりの表情がまったく変わります。元の衣類と同じ素材の糸を選べば、繕った跡は生地になじみ、まるで最初からそこにあったかのような自然な仕上がりに。反対に、あえて違う色や素材の糸を選べば、繕いの跡そのものが柄になり、ポップで個性的なアクセントへと変わります。

どちらが正解ということはありません。「なじませたい」のか「目立たせたい」のか。繕う前に少し立ち止まって、その日の気分で決めてみるのも、ダーニングならではの楽しみ方です。

近年、この糸選びの自由さと修繕そのものを楽しむ姿勢は、パンデミック以降さらに勢いを増したといわれています。使い捨てのファッションへの違和感から、手元にある服を長く大切に着続けようとする人が増え、SNSを通じて世界中の繕い手たちがそれぞれの工夫を発信し合うようになりました。糸一本、色一色の選択が、着る人の物語を静かに語り始める——そんな時代に、私たちは今いるのかもしれません。


おわりに|小さな道具が教えてくれること

ダーニングマッシュルーム、針、糸、ゴムリング。どれも決して大掛かりな道具ではありません。けれど、そのひとつひとつには、生地をいたわりながら穴を繕うための、長い時間をかけて磨かれてきた工夫が詰まっています。穴のあいた靴下を前に手を止めて、道具を揃え、糸の色を選ぶ——その数十分は、忙しない日々の中で、ものと向き合う静かな時間になってくれるはずです。

jumble shop oneでは、厳選した海外ファブリックを取り揃えています。

ショップへ

✦ 新着商品
読み込み中...
ショップで全商品を見る →